「縁 3」

「じゃ、おやすみヅラ君」
「ヅラじゃない、桂だ。てか、貴様こんなに早い時刻にもう寝るのか?」
確かに桂の言うように、眠るには早いー早過ぎる。なにせ午後の五時。晩飯にも早いくらいだ。
でもー
「ここしばらくちゃんと眠れてねぇからな」
今なら横になって2秒で夢の世界に羽ばたける気がする。
「で、わざわざおれをこの家に連れて来たのは何故だ?」なのに、そう桂が訊く。
「あの日、おととい会合から戻ったら貴様がおらなんだので、変だとは思っておったが」
「あー、もう眠らせてくんない? 気持ちよく目覚めたら、理由は話すからよ」
「駄目だ、今話せ」と桂は前と違って譲らない。なんかデジャ=ヴュみたいな展開だったのによ。
「おれはどうでも外せない用があったというのに、貴様に拉致られたのだぞ?」
知る権利はある、と頑なだ。

しゃーねぇ、話すか。

実は一昨日、桂の隠れ処で一人過ごしたおれは、またしてもあの男に殺されてしまったのだ。
しかも、気のせいでなければ、それまでよりもえらく残虐というか、ねちこいやり方で。
桂の帰りも待たず這々の体で万事屋に逃げ帰ったおれは、その晩、新八に頭を下げて頼み込んだ。

「頼む、新八。一生のお願いだ。今晩一緒に寝てくれ!違う違う、誰も一つ布団でーなんて言ってねぇよ!同じ部屋で寝てくれるだけで良いから!」
「一生のお願いって、そう簡単に使って良いもんなんですか?」
「るせーよ、それくらい切実なんだよ!」
見ろ!この寝不足の可哀相な目、可哀相なおれ!

「桂さん家に二晩続けて泊まり込んでおいて、何胸張ってやらしいこと言ってるんですか!」
……って、違うから!
何やってたかばればれアルな、と神楽まで新八に味方しやがる。
「違うって。本当にいたいけな君たちに白い目で見られるようなことしてねぇから(少なくとも昨日とおとついは)!」

必死で頼み込んで、渋る新八に同じ部屋で寝てもらったところー
出やがったのだ!
性懲りもなくあの男!
前の晩、おれを鉈でめった打ちにしただけでは飽き足らなかったのか、今度は鋸で斬りつけられちゃったから!
あのギザギザがそりゃ痛くて、涙出そうだったもん。実際泣いたかもしれねぇもん。

それでよー
「ひょっとして、おれでなくては駄目かもしれない、と?」
おれの話を引き取って、桂が言う。
そう、その通りだ。
眼鏡の差なのか、電波の差か。それはともかく、新八だと駄目だということだけは解った。
「今度は寝てもいいからよ、頼むから、ここにいて実験に付き合ってくれよヅラぁ」

桂は、ヅラじゃない、とまた言い返しながらも承諾したらしく頷くと、「では」と言って立ち上がった。
ちょおっと待ったぁぁぁぁぁ!
あろうことか、そのまま部屋を出て行こうとしている桂の腕を必死に掴んだ。
「言ってることと、やってることが違くね?」
おれ、ここにいてくれって言ったじゃん。
「しかし、おれはまだ全然眠くはないし、晩飯もまだだ」
だから、ちょっと買い出しにーなんて脳天気なお返事。

「だめだめ、だめ!いろよ、いてくれよ、いて下さい、てか頼む!」
平身低頭、お願いする。
「その男、夕刻にも出るのか?」
思いがけないことを言われた。
「は?」
「例えば、だ。貴様が真っ昼間から涎を垂らして寝ておっても出てきたことがあるのか?」
そういえば…。
ない、のかな?
「ない……気がする……」
「では、大丈夫だ。まだ日も高い、あちらの部屋には新八くんとリーダーもいるではないか」
それに。
「さっき、二人に妙な目つきで見られたぞ」
不服そうな桂。
確かに、こんな時刻に桂を引っ張り込んで寝室にこもってたら、よからぬことを想像させそうでは、ある。どうやらそれが不満、というか恥ずかしいらしい。
そう言われてみれば、心なしか耳が少し紅く染まってるみてぇ……。

わっ、わっ。
なに、この子。
ちょっと可愛いんですけど!
「しあーねーな。暗くなる前には帰ってくるんだぞ?」
「おまえはどこの親爺だ」
桂はすぐ帰る、と言いおいて苦笑しながら出ていった。
そうだ。まだ、大丈夫。
まだ明るいからな。夕方に出る幽……スタンドなんて聞いたことねぇし?
あれ?スタンド……ってそもそも夢に出てくるもんだっけ?
なんか違う気がする、そう思いながらも、もう限界だったおれはそのままアッチの世界に行ってしまった。
薄らぐ意識の片隅で、<涎を垂らして>なんて言いやがったヅラを殴らなかったなんて、やっぱ疲れてるわ……とぼんやり思いながら。



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