「縁 4」

眠れねぇ……。
ここしばらくずっと満足に眠ってねぇ。
寝不足でお肌がかっさかさなのも、普段から死んだ魚のような目と評されるおれの目が、死んだ魚そのものの目になっちまってるのも、みーんな あの忌々しい野郎のせいだ。

でも、今おれが眠れないのは、ヅラのせい。
今はおれの横でスゥスゥ気持ちよさげに眠っているこいつが、おれを置いて出ていったりするから。昼間には、幽……スタンドが出ないなんて言うもんだから、 一人残されたおれは、簡単に眠っちまった……らしいのだ。
らしいーというのは、気が付けば何故か周囲が真っ暗で、しかも隣でこいつが寝息を立てているから。多分、きっと、おれは本能の求めるまま眠りについて、中途半端な時刻に目を覚ましちまった、とこういうことらしい。

最悪。
あー、なんで、朝まで寝なかったかなぁ、おれ。
なんで起きちまったかなぁ、今。
必死になって眠ろうとすればする程眠れなくなり、かえって目が覚めちまうこの不思議。
だめだ。やっぱり眠れねぇ。

なんか、前にもこんな事なかったっけ?
眠れないアル……とぐずる神楽を寝かしつけようと明け方まで奮闘した挙げ句、逆に自分が眠れなくなっちまったあの悲劇。
あん時も酷かった。
なにしろ、最後は「おまえの後にだぁぁぁぁぁぁぁ!」って……え、ちょ、やめろよ、おれ。余計に目が覚めちまうじゃねぇか。

「おい、ヅラぁ……」
別に寂しくなったわけじゃねぇ。
ちょっとこっち向いてもらいてぇだけだ。向こう側を向いて眠ってる、こいつの顔が見たいだけ。
頭眺めてるだけより、顔を見てた方がなんか安心するっつーか。
だから。

「ヅラ?」
そっと名を呼びながら、ちょっとだけ躰を揺すってみる。
別に起こそうなんて思ってねぇけど?
ちょっと目をあけて貰ったら、嬉しいっつーか?

「う……ん、ぎん……?」
そーそー、おれだよ。おれ、ここにいるから、おめぇの横にいますから!
うっすらと目をあけたヅラを見てホッとしたのも束の間。ヅラはふにゃっと呆けきった顔で笑うと おれに躰を寄せれるだけ寄せて、また目を閉じちまう。
え、起きたんじゃねぇの?また眠っちまったの?
くそう。
おれを一人放置だなんて、酷いじゃねぇか。
莫迦ヅラ!
こっちは眠れなくて苛々してるってぇのによ。
そんな風に気持ちよさげに眠って、見せつけるのやめてくんない?
羨ましくて、腹立たしくて。
形の良い耳をキュッと抓ってみた。

「……う、うん?」
微かに眉を顰め、不服そうな声を漏らすが、それでも起きない。
おいいいいいい、どんだけ寝穢ぇの?
少し赤くなるくらいには抓ったはずなのに。
んじゃ、これでどうだ?
「ぅ?……ん」
思った通り。
桂の耳にそっと舌を這わせてみると、返ってきたのはさっきとは全然違う甘い声。
嬉しくなって、もう一度ーと、いい香りのする髪の匂いを嗅ぎながら顔を近づけると…………
けたたましい電話の呼び出し音が鳴り響いた。
…………………………。

嫌だ。
こういうお約束的な展開、絶対嫌だ。
こんな時刻にあり得ないもの!
依頼の電話も間違い電話も、どっちもあり得ないもの!

布団に潜り、出来るだけ桂にくっついて耳に指で栓をしても、呼び出し音が聞こえてくる。

もういい加減にしてくれ!
わかってんだからな、おれ。
受話器なんか取らねぇぞ。
おれ、知ってっからな。
こういう場合、受話器とったら絶対変な声が聞こえてくんだって!
なのに。

「うるさいではないか!出ろ、銀時」
身を寄せていた恋人に冷たい宣告を下された挙げ句、布団から蹴り出されたのだった。



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