「縁」9


「お祓い?」
「気休めかもしれんがせぬよりましであろう」

逃げるようにして誰もいない万事屋に戻ったおれは、それから数日間、見事に寝込んだ。
だからといってあのスタンド男はおれを決して許そうとはせず、隙あらばおれの夢に入り込んできては、 時に恨めしげに睨み付け、時に憎悪の籠もった眼差しでおれを射すくめた。そして、やはり最終的に おれは奴に殺される羽目になる。
悪夢に飛び起きると、今度は電話だ。
相変わらずジャックは抜かれたままのそれは時折息を吹き返し、一人きりの家に断続的に悲鳴を鳴り響かせている。
そんな中、新八や神楽は相変わらず帰ってこず、当然電話などおっかながってかけてもこねぇ。
(たとえかかってきても、こっちも出る勇気はねぇけどよ)。
たった一人絶賛引きこもり中で買い物すら行けず、腹は減るは、眠くてもゆっくり眠れやしねぇはであらゆる”限界”が 近づいた頃、桂が暢気そうに現れやがった。

ちくしょう、おれなんも悪いことしてねぇのに。
なのに、世間の目ーむしろスタンドの目だけどよーを気にするような生活を余儀なくされてるってぇのに、こいつときたら指名手配犯の くせに何涼しい顔してお天道様の下歩いてるわけ?
あー、むかつく。

「元気にしておったか銀時?」
あげく脳天気なこと言いやがって!なんなんだよ、おめぇはよ!

「これが元気そうな男の顔に見えますかってんだよ!」
「なに、貴様はいつもそんなもんだ」
「うわ、マジむかつくんですけど」
「む。それが心配して来てやった者に言う言葉か」
「先に失礼なこと言ったのはそっちですぅー。なにおまえ?用事がないなら帰ってくんない?おれ、忙しいんですけど」
「ほう、スタンドから逃げ回っているのが忙しいーと表現されるような行為なのか?」
ま、そう言うなら仕方がない。引きこもっておるのではないかと気になって食料などを持ってきたのだが、それだけ憎まれ口が叩けるのなら 大丈夫だな。ーでは、お暇しよう。
「冗談だよ、ほんの冗談だって。なに、真に受けちゃった?せっかく来てくれたんだし、ゆっくりしててくれよな、ヅラ君!」
おれは愛想良さ120パーセントで必死に桂を引き留めた。突き刺さる軽蔑の視線がマジで痛いが、背に腹は代えられねぇ。
ネギをしょってきた鴨をみすみす帰す莫迦はいねぇからな。



「貴様、恥ずかしくないのか?」
ーあっさりと食い物につられおって。

自分が持ってきた食料をひったくるや否や、次々とむさぼり食うおれをさも気持ち悪げに見ながら、桂が眉をしかめている。

「食い物でつろうとする奴に言われたくねぇよ」
「あ、もう、汚い!口にものを入れて喋るな!」
「こっちは腹が減ってるってレベルじゃねぇの、飢えてんの!解るか、おい?」

心底嫌そうにするのがおもしろくて、わざと派手な音を立てながら飯をかき込み、茶を啜ってやる。
わしわし、もぐもぐ、ズルズル、ぴちゃぴちゃ。
その度に背筋に震えがはしるのが見える。ざまぁ。

「それより、もうできた頃合いであろう?見てやる、出せ」

どうやら似姿のことを言ってるらしい。そもそもこいつに見せるために描いてもらったんだということをすっかり忘れていた。
本物のスタンドであることが証明されてからは、ただの絵姿でも気味が悪く、机の上に遠くから放り投げてそのままにしてあったのを桂に言って持ってこさせた。
自分で取りに行けばよいのにだのなんだのブツブツ文句を言われたが、冗談じゃねぇ。机の上には電話があるんだぞ。莫迦ヅラが律儀に戻やがって。そばに寄ったときにねらい澄まされてジリリリリーなんてやられてみ? おれ、即逝っちゃうから!此岸から彼岸へお引っ越ししちゃうから!

「おい、銀時この男!」
似姿を見たらしい桂がそれきり絶句している。
「なに、おめぇ見覚えあんの?」
「知ってるも何も、新聞配達に励む健気な若者であろうが?」
「なんで?なんでそんなこと知ってるの?おめぇら揃いも揃ってどうかしてんじゃね?」
「おれの他にもこの若者を知ってる者がいたのか?」
「そんなこと今はどうでもいいわ!なんでおめぇがそいつ知ってんだよ!?先、それ聞かせろや」
「当然、見かけたことがあるからだ」
「マジでか!どこで?」
「もちろん、ここに決まっておろう」
「ここ?ここって……」
「ここだ」
ここ?ーてことは……。
「てめっ!白いもやもやしか見えねぇとか言ってなかったっけ?」
違う、と桂は頭を振った。
おれが見かけたのは、ここから出て行くときだ、と。

「出て行くとき?」
桂はこくりと頷くと、「早朝、何度か顔をあわせたことがある」と言った。

「早朝……って……え、え?」
「初めての時は驚いたぞ。窓から屋根に降りたとたんばっちり目があってな」
その時のことを思い出したのか、くすくすと思い出し笑いをする。
「しばらくはお互い、どうしたもんかと戸惑っていたのだが、なぜか丁寧に一礼されてな、おれもそのまま帰ったのだがー」
それからも幾度となくそんな機会があったのだ、と桂は言った。最初は一礼されるだけだったのが、そのうちににこりと微笑まれるようになり、 手を振るようになっていったのだと。
おれが、そいつが数日前に死んだのだというと、さすがにショックを受けた顔をしたが、それはそいつが死んだせいなのか、それともスタンド化しておれんとこに くるようになったせいかは解らなかった。
けど、やっぱりおれの睨んだとおり、こいつ絡みの話だったわけだ。
それでも、どうにか相手の正体がわかったとはいえ、今やただのスタンド。どうあしらえばいいか、どう対抗すればいいか頭を抱えるおれに、桂がお祓いをしてはどうか、と提案してきた。

「お祓い?」
「何事にもその道のぷろふぇっしょなるがいるものだ。頼めばよい」
「頼むっつったってよぉ、あてなんかねぇぞ」
ー巫女の双子姉妹なら知ってるけど、あいつら役に立ちそうにねぇし。
「なぁに、万事おれに任せておけ」
桂がやけに自信ありげに胸を張った。
マジかよ?
「なに、おめぇそんな知り合いいんの?」
「おれのねっとわーくを見くびるなよ、銀時」
ふふん、と言わんばかりに口角をあげてみせ、 真選組だろうが、大奥の奥女中だろうが、人材には事欠かぬーと言い切る。
こいつ、なんかやばいこと言ってるよね。大奥とか真選組とかとんでもねぇじゃねぇか。
……聞かなかったことにするわ、おれ。

でも、でもよ。
そんな多種多様の人材を抱えてるって豪語すんなら、絵師だっておめぇが調達できたんじゃねぇのかよ!





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