「縁」11


「全くもって不思議だ」
「不思議なのはてめぇの莫迦さ加減だろうが」
ーそんなおつむでよく20数年も生き延びてこれたよな、奇跡だよ、奇跡の具現者がここにいるよ!

おれを恐怖のどん底に突き落としておいて、一夜明けた今日になってのこのこやって来たこの莫迦の言うことにはー

昨日は予定通り攘夷のおっさんの一人を運転手に、あの白ペンギンもどきも連れて凄腕と評判の霊能力者がいるという神社に行った。
あらかじめ話をつけていたので、予定通り一緒に万事屋に向かったものの、どうしてもたどり着けなかったんだとか。
桂はおろか、ある面では(ひょっとしたらありとあらゆる面で)こいつよりしっかりしてると思われる白ペンギンもどきまでが、道を忘れてしまったのだという。

そんな莫迦な話があってたまるか!
だが、ここに来てからずっと困惑気味な桂の様子からして嘘をついているとも思えねぇし、そもそもこいつがおれに嘘をつく理由なんざねぇ。

運転役のおっさんも同じ有様で、あまつさえカーナビですらまともに機能せず、どう見ても山林としか思えないようなところをルート表示したとかしなかったとか。
時折通行人をつかまえては歌舞伎町付近までたどり着いたもんの、そこからはぐるぐるぐるぐる同じ道を行ったり来たりしたあげくタイムアップだったんだと。

「でもよ、ヅラ。おめぇ、今こうしてここにいるじゃねぇか。道を忘れたってぇんならどうやって来たんだ。ああ?」
「それがまた奇妙なことに、諦めて大師殿を送り届けることにした途端、おれたち全員が神社まで戻る道はもちろん、送り届けた後は帰り道も思い出したという訳だ」

おれのヅラ呼びにも無反応なところからして、桂も余程今回の件に納得がいかないのだろう。
やっぱスタンドのやることは違うわ。
理屈も常識もどこかで化石になって地中深くに埋もれてるんじゃね?てくらいに滅茶苦茶だ。

「で、どうすんだよ?てめ、あんだけお祓いお祓いってノリノリだったくせに。いっそ、おれ抜きで神社だか寺だかでご祈祷とかやってもらえねぇわけ?」
「大師殿が仰るには、霊……スタンドの力が予想外に強すぎて、遠隔からの念だけで祓いおとすのは難しいのだそうだ。やはりここで直接対峙するのが一番らしい」
現にここにしか現れておらんではないか、と桂。
「あんなひ弱そうな奴なのに力が強いって?」

どう見てもひょろっひょろの現代っ子だぜ?
貧血っぽいのか顔色もよくねぇしーってのはスタンドだからかもしんねぇけど。
あんな奴、スタンドでさえなけりゃ一喝しただけで追い払えそうなのによ。ちくしょう、なんでだよ。なんでスタンドなんかになっちまったんだよ。
「それだけ貴様への恨みが強いと言うことらしいのだが……」
「それ!それがなにより納得いかねぇ」

おれ、会ったことはおろか顔を合わせたこともねぇよ、多分。
なのになにをどう恨まれるわけ?
そりゃ、こういう商売してるわけだし、誰かの幸福は誰かの不幸ってことで、おれが誰かを助けたが為にその陰で誰かが泣いちゃったのかもしれねぇけど。
ひょっとしたら戦争絡みで親の敵!とかそういうのかもしれねぇけど。
似姿からはとても天人には見えなかったけど、世界てか宇宙は広いからな。神楽みてぇなのもいるし。
……あー、だめだめ。天人関係の恨みってのは無理があるわ。だって、そんならおれなんかよりずーっと狂乱の貴公子様の方がやばいはずだ。
だから親の敵だ、戦争の恨みだ云々より、いっそ恋敵とかのほうがまだ可能性は高い。こいつ変なもんに懐かれるし。
れ?ひょっとして……ひょっとしねぇ?

「なぁ、おめぇ、ひょっとしてこいつに惚れられてたって可能性はねぇ?」
「ないな」
即答かよ。
なんかホッとしたけど、もうちょっと考えてから返事してもいいんじゃね?
あんますぐに答えられると、なんかかえって胡散臭いんですけど。

「親近感とか連帯感のようなものはあったと思うが……」

えーと、それはどういう意味でしょう?

「善良な一市民がとある民家からお尋ね者が出てくるところをばっちり見てしまったと。しかも目まであった。なのに、逃げたりもせず通報することもなくするぅしたわけだ」

ばっちりって表現がいかにも古くせぇが、まぁ、おおむねそんなとこだったろう。付け加えるなら、そん時も多分こいつは窓から出てったはずだから、お尋ね者プラス怪しさ 炸裂だったはずなのに、だ。まぁ、だからこそ余計に関わり合いになりたくなかったってぇのもあったかも。少なくとも初めて顔を合わせたときは。

「一方、お尋ね者の方にしても、見られた、目があったということに気づいていても、通報させまいと脅したり危害を加えたりもせず、逃げ隠れしようともしなかった」
逃げようとも隠れようともしなかったって、自慢になんねぇぞそりゃ。
お尋ね者らしく、そこはさっさと姿を消しとけや。

―つまり、だ、こういう場合は相手がこうするのでは?とかこうするに違いないという一般的に想像されるような行動があるもんだ。
それを、現スタンドのあいつも、そして目の前の莫迦もやらなかった、そういうことらしい。
乱暴な言い方をしちまえば、ちいさな秘密てか悪戯?の共有。
それを二度、三度と重ねていく毎に、ちょっと変な者同士の間に親近感がわいたってこった。
いつのまにか手を挙げて挨拶したり、微笑んだりするようにまでなってたって言ってたよな。
こいつは一体どんな笑顔をあいつに見せてやってたんだか。よりにもよって、おれの元から出て行くときにだ!
それなのに、その時の光景でも思い出してでもいたのだろう、桂がわずかに顔を綻ばている。
幸せそうで何よりで……なぁんてこれっぽちも思えねぇ。
いくら惚れたはれたの話じゃなくても、むかつくじゃねぇか。
せめて意識をこっちに向けようと伸ばした手は、なのに、あっさりと振り払われた。

「それはさておき、電話を借りるぞ」
「どこにかけんだ?」
「かけるのではない、借りると言っておる」
「意味解らねぇんですけど……って、おい、聞けや!」

桂はおれの話を最後まで待たず、さっさと立ち上がるとそのまま出て行ってしまった。
前にもこんなことあったよね。デジャ・ヴュ?
慌てて窓から外の様子をうかがうと、手に黒電話をまんま持って歩く桂の後ろ姿が目に入った。
正直すげぇ変な格好だが、おれはむしろ、その無造作な出で立ちに感心した。あんな不気味なことがあった後なのに、平気でぶら下げて帰る根性がすげぇ、と。

そして、その時になっておれはやっと気づいたのだ。
借りるって……そういう意味かよ!



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