縁 12

「すまん。どうやら惚れた腫れたの話らしい」
前言撤回だ。

二度と見たくもねぇ黒電話を、またしてもむき出しのままひっさげてやって来た桂が、開口一番とんでもねぇことを告りやがった。
面目ない、はっはっはーと脳天気に高笑いする莫迦の頭を思いっきり殴って吐かせると、「大昔の話だぞ」と要領を得ない。

「大昔ってどれくらい前だよ。三年ですか、五年ですか?大げさなんだよ、てめぇはよ!」
「んー、ざっと千年?」
「てめ、それじゃ物の怪だろうが!」
睡眠不足でいらいらしてるところにこの物言い。マジで腹立つ。

「や、なんでも平安時代のことらしくてな」
「へー、平安時代ね、そりゃまた長生きなこって」
「貴様、真面目に聞かぬか!」
「平安時代から生きてるなんてほざく阿呆の言うことを真面目に聞けるか、ボケ!」
「いいから聞け!」
そう叫ぶと、桂はおれの目の前に、ぬっと電話を突きつけた。
……すいません、引っ込めて下さいそれ。

「聞け」、桂はそう繰り返すと「これは依り代だ」と言った。
万事屋にしか現れないスタンドが、仮初めにも憑依した物体。桂の言う大師殿をここに連れてこられ なかった失敗をふまえ考え出されたのが、奴が憑依したことのある電話を神社に持ち込み、なんらかの痕跡がないか探ってみることだったのだそうだ。

「大変だったのだぞ」とどこか自慢げに桂は言う。
なんでも鳥居をくぐろうとした瞬間、エリザベスの頭の上に額束が落ちてきた のだとか。しかも手水舎ではエリザベスが掴もうとした柄杓が順に壊れてしまうというおまけ付き。その上、狛犬や石灯籠までエリザベスの方に倒れてきてーって……

「さっきから聞いてりゃ、大変だったのあのペンギンもどきだけじゃねぇか!」
「だけ、とはどういう意味だ、だけ、とは!エリザベスの痛みはおれの痛み、エリザベスの災難はおれの災難だぞ!」
「……おれの災難は?」
「貴様の行いが悪いせいだな、まぁ聞け、銀時。聞けば解る」
へーへ。聞きますよ、てかさっきもちゃんと聞いてましたけどね。
声に出せば叱られるのが解っているので、銀時は胸の裡でだけ毒づいた。
「話は本当に千年ほど前に遡るのだ」
依り代となった電話から大師殿とやらが読みとったスタンドの話を、桂がやっと語り始めた。

千年もの昔、桂とおれとは筒井筒でお互い憎からず思っていた。
長じて後はなんとなく疎遠になっていたのだが、桂に縁談が持ち上がったことで想いが再燃、おれが横からかっ攫っちまった、と。
縁談の相手(それが今回のスタンドの本体らしいのだが)は、地団駄踏んで悔しがり、桂を奪い返して無理矢理一緒に崖から飛び降りたものの、運悪く?てめぇだけが 死んじまった、ということらしい。

「全く……それまでうっちゃっておきながら、誰かに取られそうになった途端に惜しがるのは悪い癖だな、貴様」
「るせぇよ。てめぇこそ悪運が強いのは変わんねぇみてぇだな」
に、しても……
「で、それからどうなったんだよ?」
「どう、とは?」
「千年前のおめぇとおれ。その後どうなったわけ?」
「知らん」
「知らんって……そこ、けっこう大事じゃね?」
「なぜだ?今回の件とは関係ないであろう」
「おめぇは気になんねぇ?」
「どうして気にせねばならんのだ?」桂はいかにも不思議そうに小首を傾げる。
あー、うん、こいつこういう奴だけどね。わかってっけどね。
そいでもよ、もうちょっと気にかけてくれてもよくね?千年前のほとんど与太話とはいえ、おれとおめぇの 話なのによ。
はぁ。
「大丈夫だ、銀時。いくらスタンド相手とはいえなんとかなる。だから、気を落とすな」

おれのついたため息を、思い切り勘違いした桂が自信たっぷりに言う。
……お気遣いありがとう。
確かに、微塵も覚えてない千年も前の話なんざどうでもいいか。
おれは無理矢理そう思うことにした。切り替えが大事だ、と。
少なくとも今のおれとおめぇには関係ねぇよな。奴は、違ったようだけど。
おれがそう言うと、桂は「奴も死んで初めて思い出したのだそうだ」と頷いた。

「本来なら、おれに取り憑いて今度こそ向こう側に連れて行こうとしたりするものらしいのだが、 生憎おれにその手のあぷろぉちが効かないらしくてな。で、そのもどかしさとか悔しさとか、死して思い出した昔の恨みとかが全部……」
「おれんとこに来ちゃったってか!?」
「らしいな」
「わ、すげぇ理不尽じゃね、それ。おれもおめぇみたいに思い切り鈍く生まれたかったわ!」
「鈍くない、桂だ」
「黙れ。スタンドの意気を消沈させるなんて、なかなかできることじゃねぇぞ。自信持て、ヅラ。てめぇの鈍さは天下一品だ!」
「そんなことで自信などもちたくないわ!」
「あー、マジ羨ましい!スタンドにやる気なくさせるなんて超羨ましいわ!!!」
ほとんど自棄で叫んだら、どうすればいいか一緒に考えてやるから、そうぼやくなと慰められた。
「いっそ諦めてこのまま憑かれっぱなしーというのはどうだ?その内慣れるかもしれんぞ」
「無理、死んじゃう」
考えてそれかよ!
もう少しマシなこと言えねぇのか!それに慣れなかったらどうしてくれる、てか絶対慣れねぇ自信があるわ!

「おれと縁を切るとか」
「無理、生きていけねぇ」
おめぇと縁を切っても、スタンドが諦めてくれるとはかぎらねぇし?切って切れるような腐れ縁でもねぇだろうが。

「では……仕方がないな」
「どうするつもりだ?」
「話し合おう」
はぁ?誰と?スタンドとか?
「ちゃんと話し合えば解り合えるものだ」
「無理無理無理無理、絶対無理!敵はスタンドだぞ?」
「だからなんだ?」
「死人なんだぜ?脳みそだってとっくにないんじゃねぇの?そんな相手と話し合いっておまえ」
「貴様、怖がってる割に大胆なことを言うな。祟られても知らんぞ」
や、もう祟られてますから!

「大体よ、話し合いでなんでも解決するくれぇなら攘夷志士も真選組もいらねぇじゃん」
「大丈夫だ。諸悪の根源が貴様だと見抜くあたり、幕府の狗より頭が回るし鼻も利く」
「……で、どうやって話し合いの場なんて設けるつもりだよ」
好きにしろ、とばかりに破れかぶれで問えば、そのひんやりとした手がおれの両頬に添えられ「とりあえず、これでどうだろう」と呟くと、 唖然とする間もなく、そっと唇が合わされた。




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