「不協和音」4
「土方さん、マジで顔色悪いですぜぃ?」
「…気のせいだ」
「おれが“幽霊”なんて言っちまったせいですかぃ?」
「気のせいだって言ってるだろうが!」
「なら、いんですがね…」
土方が内心の動揺を押し隠し必死に平静さを装っているのは明白で、そのあまりにも予想通りの反応が沖田をほくそ笑ませた。
「ちょ、土方さん、あれ!あれ見てくだせぇ!」
「あれ?あれってなんだぁ!!!!!」
沖田が突然掛け軸を指差して大声を上げると、当然の如く土方が上擦った声をあげた。
内心、跳び上がらんばかりに驚いているだろうに、
その程度にしか表さないのはさすがというか、つまらないというか…。
「……あれが蘭の花ですかねぃ?」
沖田はその反応をゆっくり楽しむ間をおいてから、ぬけぬけと問うた。
「てめっ!おどかすんじゃねぇ!」
「え?驚いたんですかい?」
沖田は意識的に目をくりくりさせて、さも意外そうに言ってみせる。
「か、勘違いすんじゃねぇよ、驚いてなんかいねぇ。ああ、全くだ」
「なら、いいんですがね。あ、あれは…」
「ふざけんな!同じ手に引っかかるか!」
「なんのことですかい?引っかかるとか同じ手、とはそりゃどういう意味で?」
今度も大きな目をより一層見開いて、心底不思議そうな様子をこれでもかとばかり見せつけてやる。
そのわざとらしさがかえって土方の怒りを買うなど百も承知。
むしろ、そうあって欲しい。
実のところ、沖田も、同じパターンでの弄りは飽きている。
土方とてもう慣れて、さすがにそうそう怯えた様子は見せてくれない。
そろそろ、ただでさえ気が短い上に恐怖に駆られた土方が
抜刀してもおかしくない頃合いだ。
止めるのなら今、とすら沖田はふんでいる。
なのに、出来るだけ土方を弄り倒したいという欲求はその冷静な計算を上回る程に強い。
この身に染みついた悪癖は
土方が煙草をやめられないのと同じ、もしくはマヨを。
本人が飽きていようがいまいがお構いなしに、身体が動く、声が出る。
それはもう条件反射の域に達して、止められない止まらない。
だから
「あ…」
また、始めてしまった。
「てんめぇ!」
とうとう予想通り、渾身の力を込めて土方が抜き身を振り下ろしてきた。
沖田はなんなくかわしたが、余程腹に据えかねているらしく、土方は二度、三度と斬りかかってくる。
しかも、狙いを定めてというよりは激情のまま力任せに振り回しているだけなので、たちが悪い。
あーあ、完全に頭に血が上っちまってるようですぜ、土方さん。
それでもなお、そう考える余裕のある沖田は逃げるふりをしながら、巧みに土方を座敷の外へ外へと連れだしていく。
勢い余って斬られた日にゃ、目もあてられねぇ。
今のこの人ならやりかねねぇ、まったく厄介なことで。
元凶が己にあることなど棚に上げいかにもやれやれといった風で、沖田は土方を翻弄する。
その様が土方の怒りを増長させるので、なるべく楽しみを引き延ばしたい沖田は、気怠げな態のまま、どこに土方を誘導すべきかを考えてもいた。
結局
やっぱり外、でしょうかねぃ。
そう決めて、玄関まできたのはいいものの、後ろ向きのまま三和土に降りる際にバランスを崩したため、今度ばかりは全速力で外へ逃げ出した。
土方も、裸足のまま追いかけてくる。
「ちょ、土方さんとにかく靴くらい履かせてもらえやせんか。足の裏が痛くてかなわねぇや」
当然靴を履く時間などなく、沖田は足裏にあたる玉砂利の痛みに急遽全面降伏を決め込んだ。
他人に痛みを与えるのは得意だが、与えられる痛みに耐えるのは極端に苦手なたちだ。
「巫山戯るな!こいつで斬られたらそんな些細な痛み忘れられるってもんだ」
血走った土方の両の目の方が、未だ高く振りかざされている光り物よりはるかに物騒だ。
「そんなに気に障ったんですかい?大丈夫でさぁ、みんな冗談でさぁ……………多分……」
「多分ってなんだぁ!?」
「真に受けてんですかい?そんなに嫌なら引き取ってもいいんですぜ」
「なにおだ!?」
土方は肩で息をするほど興奮しているらしく、発音も少々おかしい。
「の
「まだ言うか!」
ー違った、四君子の掛け軸でさぁ」
振り下ろされた切っ先を避けるでもなく、真顔プラス真面目な声音で訂正すると、土方の動きも止まった。
熱しやすくて冷めやすいのは昔から変わらない。
実に、解りやすい男だ。
だから弄りやすい。
「生憎ありゃおれんじゃねぇだよ。だからくれてやるわけにいかねぇ」
そういう声ももう普段と変わらない。落ち着いたものだ。
「………誰のもんなんですかい?」
「やけにくいつくじゃねぇか」
「別にぃ。土方さんが怖がってるようなんで、うっかり仏心が出ちまっただけでさぁ」
「そんなもんがうっかりで出るのか!てかうっかりでしか出ねぇのか、おまえは!」
「怖がってるってとこは否定しねぇんで?」
「るせぇんだよ!」
せっかくおさまりかけた勘気が再び土方の刀を頭上高く振り上げさせたその時、当の沖田があらぬ方向に気をとられていた。
その唇がゆっくりと噛み締められていく。
気勢をそがれた土方がそちらの方を見るまでもなく、
「あれ、なんでおめぇらがここにいるわけ?」
この場の雰囲気に全くそぐわない気怠げな声が聞こえてきた。
またぞろ莫迦が湧いて出やがった!
やっぱ呪われてやがるぜ、この屋敷!
この現実を、土方はどこか諦めにも似た気持ちで受け止めた。
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