「不協和音」5

「そりゃこっちの科白だ!」

「土方さん、その科白聞き飽きましたぜ」

「るせぇんだよ、てめぇは!」

「人んちの庭先で光り物振りかざしてるなんざ、相変わらず物騒だねぇ」

厄災が降ってくるように涌いて出た万事屋は、ごく自然に二人の間に割って入り、いかにも口先だけといった風に”物騒”という言葉を口にした。


面倒な奴が増殖しやがった!


相変わらず沖田並みのやる気のなさ気感に土方は心底辟易する。


「全くですぜ。物騒なのは目つきだけにして欲しいもんでさぁ」

土方は、
「おめぇは黙ってろ!」と沖田を一括し、万事屋に向き直ると
「何が人んちだ!ここはおれの家なんだよ!」
と叫ぶように告げた。

「はぁ?こんなお屋敷がてめぇんちだぁ?やっぱ税金ドロボーは違うねぇ」

「そういうことは税金納めてから言うんもんだ」

「ちゃんと納めてますぅ………………多分……………」

「また多分か!もう多分はいいんだよ!」

「言ってることが解りませぇん」

「おれも解りやせぇん」

「るせぇ、てめぇら仲良くつるんでんじゃねぇよ」

「え、なに?羨ましいの?仲間に入りたいの?」

「それならそうと正直に言えよ土方。仲間になりたいですって言ってみろよ土方!」

「誰がだぁ!」

「嫌ですぜ、土方ってぇのが自分の名前だったことまで忘れちまったんですかい?」

「怖いねぇ、とうとう脳にまでニコチンが回っちゃたんですか?あー、それともマヨ?」

「いい加減にしろ、てめぇら!だいたい万事屋、てめぇこそなんでここにいる!」


「そういやそうですね、なんでです、ダンナぁ?」

「そう言う沖田君こそなんで?」

「質問に質問で返すのはマナー違反でさぁ。第一、おれがここにいても別に不思議でもなんでもねぇでしょう?ここは土方さんのお屋敷だそうですぜぃ?」

「すっとぼけるのが上手くなったねぇ、沖田くぅん」

「そりゃ、なんのことですかい?」

「さぁな」

「おい、ちょ…てめぇら人んちの庭先で騒いでんじゃねぇぞ!」


いつの間にか沖田と万事屋が二人きりで丁々発止の遣り取りを続けていることに驚いた土方が 大声を張り上げたものの、二人とも毛ほどもそれに気付かない。

むしろ、土方の存在すら忘れ果てているようにすら……。


なんだってんだ…こいつらは!


思わぬ成り行きに呆れはしたが、土方はこれを好機ととらえ直した。

沖田と万事屋の二人が土方の不在に気付いたのは、玄関の扉が叩きつけるように閉じられる音が聞こえてきた時で。


「ちょ、土方さんそりゃないんじゃねぇですかい?」


扉の向こうにいるであろう土方に聞こえるようにと、声を張りあげて沖田が言う。

「るせー、とっとと帰りやがれ!おれはまだ荷ほどきもすんじゃいねぇし、てめぇに喰わす飯もねぇ!」


扉に隔たれているせいで、いつもよりくぐもった土方の声がかえってくる。


「嘘はいけやせんぜ、土方さん。荷ほどきなんてとっくにすんでたじゃねぇですかぃ!」

「おれがすんでねぇと言ったらすんでねぇんだよ!」

勢いよく開け放たれた扉から一際大きな声とともに、何かが沖田と万事屋めがけて飛んできた。

一つ、二つと。


「やれやれ、やっと人心地つけまさぁ。見た目こんなでも、やっぱ石なんて裸足で乗っかるもんじゃありやせんね」

投げられたのは革靴で、沖田はそれらを器用に捉まえて片方ずつ履き終えると、玉砂利を幾つか忌々しげに蹴り上げた。


「沖田君、ここにたかりに来たんだぁ」


石の行方を目で追うことはせず、万事屋はじっと沖田を見た。

のんびりした口調、やる気のない態度のままで、見間違いかと思うほどかすかな生気がその双眸に浮かんだことに、沖田は気付いた。

当然、向こうは気付かせる気があってのことで、こちらが気付いたことにもしっかり気付かれているはずーということにも。


剣呑ですねぃ。

そういや前にもこんなことがありやしたっけ。

生憎ながらおれはその程度で怯むような、そんな可愛げは相変わらず持ち合わせてねぇんですよ。

むしろー

「犬の餌に興味はありやせん。それはそうと、ダンナの方も人のこと言えないんじゃねぇですかい?」

そう言いながら、沖田も瞬き一つ返すことなく、じっと赤い瞳を見つめ返す。


「なんのことぉ?おれは表歩いてたらぎゃんぎゃんやかましい声が聞こえてきたんで覗いてみただけだけだけどー」

敵も然る者、同じように真っ直ぐ視線を受け止めた。
それでいて、その眼差しも口調もいつもと変わりない。


「ま、…そういうことにしておきやしょう」

「本当にそうなんだって、あんなにうるさくしちゃ近所迷惑だしぃ?一体何事が起こったんだろうってビックリしちゃったわ、おれ」

「安心して下せぇ、捕り物なんかはありゃしませんでした」

「んなことは解ってんだよ」

「なら、いいんですがね…」


それきり黙りこくった二人は、ただ、値踏みでもするかのように互いを見合っていた。

土方の気配はとっくに消えている。
もう、どこかの部屋に戻っているのだろう。



「あのさ…」


先に口を開いたのは万事屋だった。

「へい?」


それに答える間の抜けた声に、沖田は自分でも思わず肩の力を抜いた。
そうしてみて、初めて己が知らず力んでいたことに気付いて、小さく笑いを漏らした。

やれやれ…これもまた同じ……ですかぃ…


「ちょ、何が可笑しいの?」

「いえね、土方さんが…」


沖田は咄嗟に土方の名を出して、万事屋の追及をかわした。
正直に白状する必要は、ない。


「はぁ?」

肩すかしにあった万事屋は、案の定、今度こそ心底気の抜けた声を出した。

それに力を得て、沖田は滑らかな口調でたたみ掛けるように話の流れを変えていく。


「すっかり勘違いしやしてね、幽霊だのなんだのって」

「ちょっ、なに、それ。やめてよね、そういうの!」


おどけた表情と口調に隠されながらも、真剣に怖がっている様子が見て取れる。

ああ、このダンナもこういう話には弱かったっけ。


「だから、勘違いなんでさぁ…」


沖田は小声でそっと告げ、手招きをして見せた。
そして、土方が引っ越したばかりのこの家で見つけた 四君子の掛け軸を、ちょっとした誤解からその手のモノと勘違いしているらしいことを万事屋に耳打ちした。
普段なら、相手の弱みを見つけたら飽きるまでそこを突いて嬲ることを心情としている沖田だが、 すぐにネタが割れてしまう話で目の前の男をいたぶるより、いっそつるんで土方を弄くった方がいいとの判断からだ。


「え、なに?呪いの掛け軸がここにあんの!?やばくね、まじやばいよね!」


人の悪さでは沖田とはる万事屋は、すぐに沖田の意図をくみ取ったらしくわざとらしいまでに大声をあげた。


「ダンナぁ、なに言ってるんですかい。全くの勘違いでさぁ」


沖田はニヤニヤしながら否定する。当然これも計算の内。沖田が否定すればするほど土方は疑心暗鬼に陥るはず。


「なに言ってるの沖田君!ちゃんと教えてやるのが親切ってもんよ?」

「徒に騒ぎ立てて不安を煽るのもなんでさぁ」



さんざん二人で丁々発止で騒ぎ立てた後、
「ちょ、おれこんな所にいんのヤだから帰るわ」と万事屋の一際大きな一声で締め、二人で仲良く退散を決め込んだ。
土方からの反応は、ない。




先ほどまで大騒ぎした反動か、暫くの間肩を並べて歩きながらも、ただ黙っていた二人だったが、途中、無言のまま角を曲がろうとする万事屋の背に沖田が問うた。


「それにしても、なんであそこなんでしょうねぃ」

「なんでだろうねぇー」


万事屋は振り向くことをせず、足も止めず短く答えた。


「ちょいとムカつきやせんでしたか?」

「腹が減ってるからじゃねぇの?食いっぱぐれたんでしょ?」


やはり振り向かない。

「当てが外れやしたね」


お互いさまにーと言う沖田に、万事屋は何も答えずに行ってしまった。
その沈黙こそが肯定の意であるということをこれまた沖田はよく知っていた。


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