小夜終 参

「おれぁ、土方の嫌がることをするのが三度の飯より好きなんですがね」
全く解らない。おれが捕まると土方が喜ぶので、差し出さぬ、と?まさか。そんなことの為におれを見逃していると? いくらなんでもそれは有り得ない。
「あいつは桂って奴を捕まえるなら自分の手でーって思ってるんでさぁ」
「では、おまえがおれを捕まえたとなれば充分嫌がらせにならぬか?しかも真選組の株も上がって一石二鳥だと思うが?」
おれは思った通りのことを言ってやる。
「甘ぇなぁ。たしかにおれに先を越されたと知ったら、土方の野郎は地団駄踏んで悔しがるでしょう。だがねぇ、そんなのは一時の勝利にすぎ やせん。おれぁ、そんなのでは満足できねぇんで」
こやつの思考回路は全く解らない。真選組もよくこんな奴を飼っているものだ、感心する。
「おれの望みは、もっとこう精神的に追い詰められるような深い傷なんでさぁ」
ーヅラ子さん…と意味深に微笑む様子は老獪で、不気味ですらある。
「おれはヅラ子ではない」
今はなーと言うと、何が嬉しいのかまた口の端だけで笑いやがった。
本当に小憎たらしい小童だ。
「ヅラ子さんってことにしときやしょうや。そのほうがお互いに都合がいい。ま、おれぁヅラ子さんでも桂でもどっちでもいんですがね。大事なのは…」
土方があんたに惚れてるってことでさぁー
この男の考えていること以前に、言っていることが解らない。
「へぇ、ひょっとして気付いて無かったんですかぃ、あんた…」
「何をだ?」
やはり、何を言っているのか解らない。
どうやらおれが傷のせいで熱を出しているのは間違いないようだ。
「だから、土方があんたに惚れてるってことを、でさぁ」
「…そうなのか?」
あまりにも変な話を振られるので、おれは癖でつい確認してしまう。
沖田は不思議そうな顔でおれをじっと見ている。何も答えない。
不気味だ。
おれは質問の仕方を変えた。
「もしかして…土方にはそういう趣味でもあるのか?」
「…あんた、土方さんがなんであの化け物屋敷に通い詰めてると思ってるんですかい?」
「…それは…考えたこともなかったな…」
嘘ではない。本当だ。
転生郷の件で律儀にもおれに報告する為に来て以来、店に頻繁に来るようにはなっていた。
しかし、まさかそんな理由があったとは夢にも思わなかったし、そもそも理由など考えたこともない。
思ったことをそのまま口に出すと、沖田はさも呆れたと言う顔を見せてから破顔した。
「面白い人ですねぇ、あんた。土方のやつも気の毒に」
ちっとも気の毒がっているようではないが?とおれが咎めるように言うと、また笑う。
よく笑う奴だ。だが、声を立てて笑うことはなく、その笑みはやはりどこまでも酷薄そうなままなのが気にかかる。
「あんたが土方のことを何とも思ってねぇのはよく解りやした」けどー
土方は本気なんですぜ?
「だから、なんだ!例えそれが本当であっても、おれには関係ない」
話が全く見えてこない。おれは自分が次第に焦れ始めてくるのを止められない。
「だから、あんたに1つ頼みがあるんでさぁ……」
「取引と言うことか?」
内容は聞いてみないと解らないが、ともかく先ほどまでの話よりはずっとおれたちにふさわしい。
「そう警戒しないで下せぇ。あんたにとっても悪い話じゃないですぜ」
「ふん、どうだか。幕府の狗の言うことを信じる義理はない」
少しでも有利な取引にするべく気のないような素振りを見せながら、実際は一も二もなく乗る覚悟は出来ている。
さぁ、何が望みだ。言ってみろ!
「死にかけのあんたを拾って手当を受けさせてだけじゃなく、匿ったおれを信じてくだせぇよ。おれは、あんたをこのまま見逃してやろうってんですぜぃ」
ーそちらの出方次第で、とおれに顔を近づけて囁くように言う。
なんだかとても嫌な感じがする。
こいつは何が言いたい?
「言うだけ言ってみろ、承諾するかどうかはおれの自由だ」
へい、じゃぁーと言って沖田は屈託のない笑顔を見せてくる。そのくせ、この表情が一番邪悪そうに見えるのは、きっと気のせいではない。

「今後、なにがあっても土方の野郎とは寝ないで欲しいんでさぁ」
おれにとって痛くも痒くもない要求どころか、そんなつもり端からないわ!莫迦か、こいつ!


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