小夜終 肆

「誰が寝るか!そんなこと、頼まれるまでもないわ!」
おれが?相手は真選組の副長だぞ?
男同士ーというのはあいにく経験上理由にならないが、それにしてもだ、あり得ない組み合わせではないか。
そんなことでおれを見逃すというのか?やはりこの男の思考回路は変だ。しかも、おれのほうにはなんのデメリットもない。
こんな一方的に有利な取引など、そうそうあるものではないだろう。なんて甘っちょろい!
そのくせ、約束ですぜぃ?と強面を作って睨めてくる。ああ、馬鹿だ。
おれは、するまでもないがな、と言い苦笑するだけ。
お互いにじっと相手を見合い、その言葉に偽りがないかを探る。
そんなことをせずとも、そもそも互いに信用できるような間柄ではないというのに。そう思うと、なんだか笑い出したくなる。
話は付いた、長居は無用。
沖田の家にいると思うだけでさらに熱が上がりそうだ。それに、おれにはこれからやらねばならぬことがある。
「もう、よいだろう。おれは約束は守る」
「話はまだ終わってませんぜぃ?」
立ち上がろうとしたところを沖田に手で制された。
ふん、やはりそんな甘い話ではなかったか。
「先の約束は、ここからヅラ子さんを出して差し上げる代償ってだけですぜぃ?」
「ほう?」
まだ、先があると言うことらしい。次の要求はなんだ?
早く言え!
おれに限ったことではないだろうが、一度に全ての条件を提示されず徒に焦らされ、交渉の時間を延ばされるのは好きではないのだ。
「真選組のおれがあんたを助けて匿ったんですぜ?そんなやばい橋を渡ったおれへの感謝、あんた忘れてませんかねぇ?」
「…菓子折でも届ければよいのか?酒はいかんぞ、貴様未成年だろう?」
助けてくれと頼んだ覚えはない、と先ほどと同じことを思ったことはおくびにも出さず、そう言ってやった。
「…やっぱり面白ぇですね、あんた。おれがそんなもんで手を打つような玉に見えますかぃ?」

見えんな、とおれは首を振る。
話が早ぇ、とばかりに沖田が浮かべる笑みときたら傲岸で、やはり黒い。
「では、金子か?」
公僕の癖に。
もっとも、おれを匿った段階で公僕らしさからはとうに逸脱してはいる。
「はずれ、でさぁ」
「…仲間を売るのは断じて断る。この場で腹かっさばいて自刃する」
「あんたの刀はおれが預かってまさぁ。生憎と自刃は無理ですぜ。それに、おれがいつあんたに仲間を売れと言いやした?」
「ではなんだ?早く言え!謎かけに付き合ってる暇などないわ!」
じわじわと追い詰められているような不快感で、つい声を荒げてしまう。こんな子ども相手に、だ。
いや、そうではない。こいつは子どもなんかではないのだ。
こいつは…
「あんた、意外と気短ですねぃ。ま、そりゃそうですねぃ、行かなきゃならねぇところもありそうですし。それとも、調べなきゃならねぇこと、ですかい?」
ほうら。
こいつは何を、どこまで知っている?
「そんなおっかない顔で睨むのはなしですぜ」
全然怖がってなどない癖にぬけぬけと言うその口を縫いつけてやりたいものだ。できれば布団針が良い。
「その傷、例の辻斬りですかぃ?」
「まぁ、そうだ」
急に話を変えてくるのに、どう答えてよいものか躊躇いはしたが、こやつがどこまで把握しているのかの判断材料にでもなれば、と最小限の返答はしてやる。
「へぇ、辻斬りごときにやられるようなお人には見せませんがねぇ」
かまをかけているつもりであろうか?だが、生憎とこれ以上なにも答える気はない。
「それにその傷、かなり奇妙らしいですぜぃ。医者が見たことねぇ傷だって、不思議がってましたっけねぇ」
真綿で首を締め付けてくるようなこの遣り口ときたら。どうしたらこんなひねた子どもが出来上がるのだ!
こんな子どもを隊長に据えるとは、真選組もかなりの人材不足と見える。

それにしても、なにを、どこまで知っている?
傷口から、尋常の刃物の類ではないことはばれているようだ。おれと同程度のことには勘づいているのだろうか?
いや、下手をしたら意識を失っていた2、3日分おれの方が情報に疎い可能性もある。
「ま、なんか怪しげな事にあんたが関わってることは間違いねぇ」
ですから、それを見て見ぬふるする分も上乗せさせてもらいまさぁと、正真正銘、邪悪と言っていいほどの笑みー多分空笑いだろうー を浮かべながら沖田はおれに言った。

「あんたには今から土方の代わりにおれに抱かれてもらいやすから」


戻る次へ