小夜終 伍

「ふざけるな!」
こんな馬鹿げた話があるか!この期に及んで巫山戯るのは大概にするがいい。今まで真剣に話を聞いていたおれが馬鹿みたいではないか。
「おれぁ、大真面目でさぁ」
「貴様、自分で何を言ってるか解っておるのか?」
大真面目、だと?大巫山戯の間違いではないのか!
「へい、重々承知の上ですが?」

こいつを見ていると、近藤のストーカー行為の方が遙かにマシに思えてくる。なんといってもお妙殿は妙齢の娘御だ。
確かに、今までにもこういう類の申し出、脅迫、懇願や哀願をされたことがないとは言えない。
しかし、おれはこいつにとっては敵の一人だというのに…。
万一本気だとしても、おれが嫌だ。考えただけでもゾッとする!
「…断る!」
こんなもの即答だ。
おれが素直にはいと言うとでも思ったか。
「いつおれがあんたに抱かせてくれって言いやした?おれは、あんたはおれに抱かれるって言ったはずですがね。事はもう決まってるんですぜ?あんたに拒否する権利なんかはなっからないんでさぁ」
な、んだと?
こいつは今、なんと言った?
「言ったじゃありやせんか、おれぁ土方の野郎が嫌がることをするのが大好きなんだって。さっき約束しやしたね?土方はあんたを抱けやしねぇ。なのに、おれはあんたをこれから抱く…楽しくて、嬉しくてゾクゾクするってもんでさぁ…ねぃ?」
「…腐ってるな、貴様」
「なんとでも言って下せぇ。褒め言葉と思っておきまさぁ」
「…刀などなくとも…」
言外に自死の可能性を示唆しながら、おれは沖田を睨むので精一杯だ。その申し出の異常さ故に他になにも思いつかぬ。
「あんたは死に急いだりしやせん。あんたには志ってもんがあるんでしょうが。今までの行動から見ても這い蹲ってでも生き延びようとするタイプでさぁ。それに、今あんたが死んだら、辻斬りの一件がどうなるかおれにも解りやせんぜ?」
「職務放棄か?そもそも江戸の治安を守るのがおまえたちの役目ではないのか?」
正論だがほざくことが一々気に障る。取引以前だ。
これが虚勢に聞こえていなければいいが…。
「大きな声を出さなくても聞こえてまさぁ。傷に障りますぜ?」
それは、もっと傷に障ることを要求している奴の言うことではないだろうに。全く腹立たしい。
「おれたちが出張っても手に余りそうな山なんでね」
「貴様、ぬけぬけと!自分たちの無能さ無力さを棚に上げて恥ずかしくはないのか」
「精神衛生上、棚に入れたまま忘れるようにしてるんでさぁ。すまじきものは…って言いやすでしょう?それに目的が一緒なら、たまにはいいんじゃありやせんか?」
しんぱしぃなど感じている場合ではないのに、こやつらもそれなりに不本意な思いをしてきたのかもしれんなどと考える自分にうんざりする。そういえば、銀時と子らが関わったという煉獄館の一件もあったはず、などと…。
だがー

「ちょっと待て!では、おれを生かしてここから出すことは、貴様らにもそれなりのめりっととなるではないか!」
まったく油断も隙もないとはこのことだ。うかと口車に乗せられたりでもしたら、とんでもないことになるところだった。
「…まぁ、そうなんですがねぇ」
「だったら、対価には別のものを要求しろ!」
のめるものとのめないものがあるがな。
「それは嫌でさぁ」
「貴様、まだ言うか!」
このガキあっさりと拒否しやがった!やっぱり布団針が必要とみえる。この一件が無事終わったら、真っ先に店に買いに行ってやるからな!
「じゃあ、こうしやしょう。おれはあんたを抱くと決めちまってる。けど、あんたに選ばせてあげまさぁ」
「何を、だ?」
なぜこいつはおれに執着する?なぜだ?土方憎しだけで、敵の男を抱こうというのか?
そもそもそんなことで土方にだめーじを与えられると本気で信じているのか?
解らない。
こやつの考えること、全く理解出来ぬ。
「自由を得る為の代価として自ら進んで躯を差し出すか、それとも、おれがあんたを虜として好き勝手弄ぶのかをでさぁ。どっちでも好きな方を選びなせぇ」
酷薄そうな笑みを張り付けて、目の前の男が選択を迫る。
生意気な小童め!
「おれぁ、好き勝手する方が楽しいんですがねぇ」
両肩に置かれた手に力がこもり、じっと顔を見つめられる。
その目は相変わらず大きくてどこまでも可愛らしいのに、宿す光は肉食獣のそれで…。
その目つきには覚えがあった。
嫌というほどに。
ああ、おれは今までに何度こんな目を間近に見てきたことだろう?
何度拒否し、何度屈したかいちいち覚えてはおらぬが、その都度うんざりするのは変わらぬ。昔も、今も。
「そこにどんな違いがあるというのだ?」
おれは半ば諦めながらも、そう問わずにはいられない。
「気持ちの問題でさぁ。好き勝手遊ばれてると思うと腹も立つでしょうが、正統な取引だと思えば我慢も出来るってもんじゃねぇですかい?」
そこに大した違いがあるとは思えなかったが、その時のおれには後者の方がまだしもマシに思えた。
それ以外選択の余地は残されていなかったし、なにより、時間が惜しかったのだ…。
だから…。

「…取引を承諾する。好きにしろ。代わりにおれはここから出て行くからな」
おれは覚悟を決めて目を閉じた。
沖田の顔など見ていたくもない。
待っておれ、晋助……


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