小夜終 陸

「…っ………い、ああっ!」
いきなり包帯の上から傷に噛みつかれ、その痛みに思わず悲鳴を上げてしまった。
「いい声でさぁ、これからもっと聞かせて下せぇよ?」
そう囁かれたと思ったら、乱れる息を整える暇も与えられずにそのまま乱暴に布団の上に仰向けに転がされ、全身に鋭い痛みが走る。
その痛みがまだ去らぬうちに、今度は両手を包帯で拘束されてしまう。
一々動作が素早い男だ。
落ち着きがない。
「おれ…は条件を呑んだ…のだ。拘束するの…はおかし…いだろう?」
だから、解けーと言うのをまるで聞こえていない風に沖田は振る舞われる。
忌々しい。

「手錠というのも燃えやすが、そこはあんたの犠牲的精神に敬意を表して包帯で我慢してやりまさぁ。それに両手を縛っただけで、そのまんまどこかに括りつけてやりてぇのも我慢してるんですぜぃ?むしろ、感謝して下せぇ」
感謝?誰がするか!
そう言いかけるのを乱暴な口づけで塞がれた上、舌を差し込まれ、反論どころか呼吸もままならぬ。
ふと、噛みついてやりたい衝動に駆られるが、生憎とこれは取引。思い直し耐えるしかない。
それをいいことに散々口中を掻き回され、歯列を舌で辿られる。
ただ、苦しい。
息苦しさから逃れようと必死に首を振るが、こいつはどこ吹く風。好きなだけ貪られ、犯され続ける。
やっと解放された時には、肩どころか意識的に肺を使って呼吸を整える必要がある始末。本当に…こいつは!
「はっ!」
ようよう息が落ち着いて来た頃、何の前触れもなく、襦袢の裾が捲られた。素肌の上で沖田の手が蠢き、もぞもぞと這い回り始めてつい息を呑んだ。
上腿から下腿へそろ、そろりと形をなぞるようにゆっくりと往復しながら、下着の上からも触れてくる。
ただひたすら気持ちが悪い。
「肌が粟立ってきましたぜ。こうされるのは嫌いですかい?」
「拘束されている上、触れているのが貴様だからな」
くだらない行為にふさわしいくだらない質問だ。
「言ってくれやすねぇ…じゃ…もしこうやってるのが万事屋の旦那ならどうですかい?」
貴様はひひじじいか!どういう質問だ、それは。

まともに答える必要も義理もないので、言ってる意味が解らん、と適当に返しておく。
「ヅラ子さんと旦那がいい仲なのは百も承知ですぜ。しかも旦那はあんたにそうとうご執心だ」
あえてヅラ子、と呼び続けることには沖田なりの配慮は感じる。が、そういう配慮ができるのなら違う配慮もしてもらいたいと強く思うわずにはいられない。そうだな、まずは、この拘束を解いてもらいたいものだ。
「しかし…もし、おれがあんたにこんなことをしたと知ったら、旦那がどういう顔をするかちょっと見てみたい気もしますねぃ」
本当にこいつはいい性格をしている。ひねくれ具合では晋助の上をいくかもしれん。
晋助…。くそ、おれには時間がないというのに!
「ふん、貴様命が惜しくないとみえる」
今は晋助のことを考えるべきではない。とにかく、この取引をさっさとすませることに集中すべきだ。そして、ここを出たら真っ先に晋助の居場所を探さねばならん。そのために、おまえのくだらない話の相手をしてやる。今だけは。
「やっぱり、そうなりますかぃ?」
当然だーと駄目押しをしておく。こんなことをあの嫉妬深い男にぺらぺら喋られてたまるものか、おれの方の命が危ないわ!
「そりゃぁ、また…」
そう言いながら沖田は実に嬉しそうな顔をしてみせた。
なんだ?この男が嬉しそうにするなんて、どうせろくでもないことに違いない。さすがのおれも少しばかり薄気味悪い。
「…貴様、なにが嬉しい?」
先ほどの話の中に、沖田が嬉しがるような内容などみじんもなかったように思うのに。
「へい、土方は勿論、旦那でも思うにまかせないような思い人を今から好きに出来るんですからねぇ、どんな責め方をしてやろうかと考えただけで勃っちまいそうなんでさぁ…」
「なっ…」
なんだこいつ。
あまりの答えに、さすがのおれも躯が強張る。
これが取引でさえなければ、すぐにでも逃げ出したくなったかもしれん。
「逃がしゃしませんぜぇ。これから楽しませてもらうんですからねぇ、存分に」
まるで心の裡をよんだかのように追い打ちをかけてくる念の入りように恐れ入る。
本当になんなのだ。こいつ、これで本当に警察なのか。世も末だ。

「…くっ………ふ…」
抑えきれず漏れる自分の声が、おれの耳を責め立てる。我ながら情けない。
「だぁから、声を聞かせて下せぇって言ったじゃねぇですかい!」
焦れたらしい沖田が不満げに声を荒げ、舌打ちをする。
阿呆!舌打ちをしたいのはこっちだ!
「無理を…言う…なぁ!」
好き勝手に胸のとがりをいじくり回され、舌先でつつかれて、絶え絶えになっている息をおしてなんとか答える。こうなったらこっちも意地だ。
「普通は声を抑える方が無理ってもんじゃねぇんですかい?」
とへらず口をたたくのが憎たらしい。誰が貴様の望み通りに声なんか上げてやるものか。とことん抵抗してくれるわ!
「へぇ、いい目をしやすねぇ。そういう目、嫌いじゃないですぜ」
なにせ、おれはそんなお高い奴のプライドを踏みにじってやるのも大好きなんでさぁー
そう言う沖田の表情はいつになく真摯なもので、おれは本当の闘いはまだまだこれからなのだということを否が応でも悟らずにはいられなかった。


戻る次へ