惑志 銀時

「だんな…」
「銀時…」
図らずも沖田と桂の声がハモった。
銀時はすこしだけ顔を顰めたが、夜のこととて沖田はそれに気付いたかどうか。
一方の桂は、当然のようにそれに気付いていた。
というよりも、銀時が顔を顰めただろうと確信を持って思っただけで、実際は沖田同様、その様を目で見たわけではなかったかもしれないのだが。
厄介な奴が厄介なときにー
これが桂の偽らざる本音。
沖田と二人での道行きを見られただけでも銀時の機嫌を損ねるのには充分だというのに、あまつさえ先ほどの会話を耳に入れられたとあっては、後が怖ろしい。というより面倒だ。
それでなくとも真選組の一件以来、なにやら蟠っているらしいのに。
ああ、どうしたものか。
「こんな遅くに、だんなはどちらまでおでかけですかい?」
桂の困惑など知ってか知らずか、沖田は平然と銀時に話しかける。
「んー?ちょっとね。ツレと約束があって待ってたんだけど、そいつがなかなか来ねぇから様子を見に」
ほら、今は色々あるでしょう?おたくの近藤みたいなのとかさーと銀時もへらへらと応える。
「それにそいつ、また変なのに懐かれやすいんだわ」
そう言って、じっと沖田の目を見つめる。
「…そりゃ、確かに心配ですねぇ」
その視線を真っ向から受け止めて少しは怯んだものの、沖田はなんとか平静を取り繕いながら応えた。
「でも、まさか総一郎君にも懐かれてるとはねぇ」
「総悟でさぁ。おれぁただ、この別嬪さんがストーカーにつけられてたんでご自宅までお送りしているだけなんでさぁ」
「へぇ…そうなんだ」
うっ。
間違いなく、銀時の目に剣呑な色が浮かんだのを桂は見た。
今回ばかりはさすがに沖田も気付いたはずだ。むしろ、わざとそうした可能性だってある。沖田に見せつけるために。
「おれが来たんだから、もう帰っていいよ。総一郎君はオフなんでしょう?」
制服着てないもんね、と銀時が言う。
「…か…ヅラ子さんが行く所があるって言ってなさったのは、だんなのことでしたかい」
「そ。だから、交代。そいつはおれが送り届けっから」
「それが生憎とこれは近藤さんからの命令なんでさぁ」
だが、沖田もそんなことで怯むようなたまではない。
ここで近藤の名前を出すことによって、退かない姿勢を強調してくる。
ああああ、もう止せ!
話がこんがらがる!
これでは、まるでこのおれが真選組トップ連と仲良しこよしみたいではないかぁぁぁ!!!
「仕事中に送り狼だなんて総一郎くんもやるねぇ」
「総悟です、だんな。もちっと信頼して下せぇ。おれぁ、送り狼に一番なりそうな土方からもこのお人を遠ざけただけですぜ?」
もう黙れ!
貴様が何か言う度に、銀時の不機嫌さに拍車がかかる!
後でこの男に睨まれるのはおれなんだぞ!
「ま、下心がないと言えば嘘になっちまいますがねぇ」
まだ言うか!
どうあってもその口、布団針で縫われたいか!!
いや、この前縫っておくべきだったのだ!
「おいおい、お巡りさんの言うこっちゃねぇよ。そんな物騒なこと考えてないで、真面目にお仕事しなきゃー」
「…信濃にはこの時期に梅の精が出るという言い伝えがあるそうなんでさぁ」
話の飛躍に銀時がそれが?と言いたげに沖田を見た。
桂も、不思議そうに沖田を見る。
「それがまたとびっきりの美女らしくってねぇ」
「へぇ、そりゃ羨ましい話だねぇ」
「でしょう?ましてや馨しい香りに気付いちまったら、ちょいと手折ってみたくもなるってもんでさぁ」
「正体がただのあやかしだってわかってて?」
「へい。でも、こんな夜には、そんなあやかしに騙されてみるのも一興でさぁ」
ねぇ?
そう言って沖田は桂の肩に手を置いた。
桂が瞬時にそれを振り払うより先に、銀時が刺すような視線を寄越した。
沖田はそれに動じることなく、にたぁと意地の悪そうな笑みを浮かべてみせる。
「生憎と、そいつはそんなんじゃねぇよ」
しばらく睨み合いのような形が続いたが、先に沈黙を破ったのは銀時だった。
「へい?」
「白梅だの梅の精だの、冗談じゃねぇ」
ここはお江戸よ?
そう言って、銀時は歩を進め、桂の横に並ぶ沖田の正面に立つ。
二人の顔が近い。
「こいつはそんなんじゃねぇ。そりゃおめえの勘違いだ」
銀時は無言で桂の方に手を伸ばすと、細い腕を掴んで引き寄せた。
「銀時!」
「だんな!」
突然のことに二人が声を上げるのも構わず、桂を沖田の視線から隠すように抱え込んだ。
「こいつはむしろ青竹だな。おかたい癖に頭空っぽで、お天道様に向かって真っ直ぐ延びてくだけでよ」
だから
「おめぇにそう簡単に手折れるようなもんじゃねぇよ」
諦めんだな。
それだけを言うと、銀時は桂を抱え込んだまま沖田に背を向けた。立ち去ろうとするその背に「じゃ、だんななら…?」と思わず沖田は声を掛ける。
「おれ?」
振り返りもせず、銀時も口を開く。
「おれはこいつが若竹くれぇの頃からの付き合いなんだよ」
だから、別格なの。
あ、ひょっとしたら竹の子あたりだったかも。
じゃーと挨拶がわりに軽く手を振ると桂を連れて、何事もなかったかのように歩き出す。
やはり沖田の方を振り返ることはない。

その場に取り残された沖田は仕方がないと言わんばかりに両肩を竦めると、潔く銀時に背を向けた。
そして空を見上げて「あ、UFO」と呟いてみる。
いいかげんなことをいうな貴様!という桂の声が聞こえる気がして、沖田は忍び笑いを洩らした。
雨上がりの空にはUFOどころか瞬く星の一つもない。



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