「道はそれぞれ 別れても」 その2


「あなたが坂田銀時……さん?」
自称桂が小首を傾げた。
癖まで同じかよ。
土方に坂田銀時を知っているかと問われ知らないと答えた通り、やはり自分のことは知らないらしい。新八や神楽のことは知ってるらしいのに、だ。
「同じ名字だし、やはりご親戚か何かでは?」
顔もそっくりなのに。
「そっくり? おれと?」
「ええ、まぁ。外見はもとよりやる気のなさ気なところなんかも」
「マジで?」
「違うと言えば服装と、あ、あと、先生は眼鏡をかけてます」
「坂田銀八って野郎のことは聞いたことがねぇ。当然縁もゆかりもねぇ。ついでに言うとおれは目はいい方だ」
「瓜二つなのに? ひょっとして幼い頃に生き別れた兄弟とかいませんか?」
莫迦丸出しの発想その2きたぁ!
なんだよこいつ。桂って奴は総じて莫迦なのかよ。や、そんなこたぁねぇな。全国の桂さんすみません。きっとこの手の顔=莫迦なんだ。 顔が整いすぎてる分思考回路が歪んじまってんだ。そうに違いねぇ。
兄弟はいないと断言する銀時に、でも、似過ぎなんですよ。声まで同じだし。なんだか気味が悪いですとまで言う。
そりゃお互い様。
「ま、おれのことはおいといて、だ。おたく、土方から聞いてんだろ?おれらのちょっとした知りあいにも桂小太郎って奴がいんだけど、何の因果かそいつもまたおたくそっくりなんだよ。おたくもかなり驚いてんだろうけど、こっちも正直ビックリもんなんだよ」
目の前の桂少年の瞳が揺らいだが、ごく僅かなもので、意外と冷静なのかもしれないと銀時は思った。
「……まぁ、土方のそっくりさんに、先生のそっくりさんが目の前にいますからそれもありかな、と」
冷静どころか反応うすッ!なんだよこの順応性の高さは。
「でもよ、生憎おれらはそこまで達観できねぇんだわ。目の前にいる"そっくりさん"はおたくだけだしな。だからって訳じぇねぇけど念のため、おたくの本名が桂小太郎だってのをなんとか証明できたりしねぇ?」
そうしたら、少なくともこの変梃な現状を受け止めようと腹を括る気にもなるってもんだ。
ま、無理だろうけどよ。証拠があるなら出してみやがれくらいの気持ちだったのに、相手はあっさりと出来ますよとこたえて小さな手帖を差し出した。
金文字で生徒手帳と書かれた表紙をめくると、 "氏名:桂小太郎"とはっきりと書かれた頁が現れた。ご丁寧に顔写真も貼られている。もちろん目の前の少年のものだ。ご大層な学校印が朱色で押され、いかにも証明書めかしている。
銀魂高校三年Z組……こいつ、マジもんの高校三年生かよ。
思わず土方の方を見ると、お手上げだと言わんばかりに肩を竦めた。
「そこに書かれている現住所とやらは番地までちゃんと存在してる。が、そこに桂って家はねぇ。そこにある一軒家には全く別の家族が住んでるらしい。ついでにその巫山戯た名前の学校は存在しねぇ」
もう調べたのか。さすがに非番とはいえ警察だ。
ありますよと言いたげに腰を浮かせる少年をちらりと見て、
「だが、偽物とも思えねぇ。わざわざそんなご大層なもんを作る理由が見当たらねぇし、そもそも名前の件を差っ引いても問題は残る」
たまたま名前が被っただけというならあり得ても、こうまで似た他人がいるという不思議。
しかも、目の前の少年の言うことを信じれば、土方とそっくりの男だけでなく自分そっくりの坂田という男も 存在しているらしいのだ。他にも、沖田に近藤、神楽や新八でさえも。そいつらまで実は瓜二つとか言い出したらどうすればいい?実のところ、その可能性はかなり高いと銀時は思う。なにしろ、土方、自分、そして桂と"そっくりさん"が 三人も揃ったのだ。他もーと考えるのが自然だろう。この現実は全く自然ではないにしてもだ。
「ついでに、そいつの携帯を見せてもらえ」
「スマホです」
律儀に訂正を入れながら、少年から渡されたスマホには、銀時の見知った顔、顔、顔。沖田、近藤、新八や神楽どころの話ではない。キャサリンや長谷川さんまでもがいかにも制服でございますという 格好をしてそこにいた。驚いたことにからくりのたままで。
そしてー
「これか……」
少年はこくりと頷き、「坂田先生です。担任の」と言った。
銀時が指しているのはどこからどう見ても馬鹿の坂本辰馬としか見えない男と一緒にいる白衣姿の自分。後ろの方には眼鏡のストーカーくの一までもがちゃっかりと写り込んでいる。
もちろん、こんなシチュエーションに覚えはない。全くない。 だから絶対に自分ではないのだが、自分でも自分と見間違えるほど似ている男がそこにいる事実に、 逃げ出したいと言った土方の気持ちが痛いほど解り始めていた。
だって、気持ち悪ぃ。
「てめぇそっくりの男が教師で、しかもおれらとそっくりの奴らを受け持ってるなんて学校の存在なんざ認めたくもねぇがな。だがー」
土方はいかにもゾッとしたように言葉を切り「どうやらこれは現実らしい」と言った。
「考えてもみろ、万事屋。実際に"魂"が入れ替わるなんて馬鹿げた災難に覚えがあんだろうが」
思い出したくもないことを思い出さされて、銀時はげんなりした。土方とて思いは同じらしく、普段に輪をかけて強面に見える。
「これは違うぜ。なにしろヅラはー
銀時が言いかけると、
「ヅラじゃありません桂です」
横から声が飛んできた。
口癖も同じ!?あ、なんか涙出そうだわ、おれ。
それでも、なんとか気を取り直して銀時は続ける。
「あれは"魂"っつーか、中身だけ入れ替わっただろうが。今回は別バージョンだ。こいつは外見含めて全部、まるっきり別人だ」
「外見? :こんなに瓜二つなのに、なんで断言できるんだ?」
「確かに産みの親でも見分けがつくかどうかってぇくらいそっくりだ。だがな、そりゃ17、8の頃の昔のあいつにそっくりなんであって、今のヅラとはやっぱ少し違うかんな」

幾ばくかの優越感に浸りながら、ま、おれにしかわかんねぇくらいの違いだけどなーと嫌みったらしく付け加えておく。
「つまり、こいつがひょっこり現れただけってことか?じゃあ今の桂はどうなってる?」
「どうって、何よ?」
「今、おれらの知ってる桂はどこにいるんだって訊いてんだよ。こいつと入れ替わってたりはしねぇのかってこった」
「多分な。 なぁんも知らねぇで今頃は絶賛バイト中じゃね? や、違うな、今日のバイトは夜ー」
「待て。夜ってひょっとして今日はヅラ子さんでかまっ娘か?」
そうだけど。
なに色めきたってんだよ、きめぇんだよ。
「そういうことなら後で店に顔出さねぇとな。ヅ……桂がちゃんといるかどうかの確認が必要だ」
それはともかく、なんでてめぇが行く気満々なんだよ。
そうは問屋がおろさねぇってぇの。


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