「道はそれぞれ 別れても」 その3


桂君、桂君ーと新八、神楽が代わり代わり競うように呼ぶので万事屋は賑やかだ。

銀時から学生服姿の"桂君"に引き合わされた二人は、まず驚きのあまり固まった。そして最初の衝撃が過ぎ去ると、今度は万事屋の窓が震えるかと思うほど大爆笑した。
「新しい変装ですか? 変装と言うよりコスプレですよ、それ」
「ヅラぁ、ヅラ取れヨ。学生服にそのヅラは似合わないアル」
「ヅラじゃありません、桂です」
予め銀時から新八と神楽について聞かされていた少年は慌てず騒がず淡々と返し、新八と神楽はこれは何事かと銀時の方に救いを求めるような視線を寄越した。
さすが長ぇつき合いだ。
銀時も気付いた桂と同じ口癖。でも、僅かに違う。二人も当然そこに気付いたのだろう。
さてと、どっから説明すっかな。
銀時は新八と神楽を向かい側に、そして桂少年を自分の横に座らせて話始めた。この少年がいたという奇妙な世界の話を。
土方からの不思議な電話で呼び出されたこと。出向いた先にはこの"少年"がいたこと。この桂そっくりの少年の名もまた桂小太郎であること等をー時には少年自らがー語った。
銀時たちの話を聞く間、二人の表情はくるくると目まぐるしく変わったが、論より証拠とばかりに少年がスマホに保存している画像を見せた時こそ見物だった。
「これ誰ですか?」
「クラスメイトの志村君」
「やっぱりぼく!? え!? 本当に?」
というシュールな会話や
「これがその先生ですか?わ、銀さんそっくりですね。気持ち悪っ」
「銀ちゃんそっくりなんて、どうせ禄でもない男ネ」
「やっぱりわかりますか?」
といった失礼な会話が幾つか交わされた後、なぜだかよく解らないが、二人は破顔して文字通り驚喜した。そしてあっさりと現状を、つまり目の前の桂小太郎少年の存在も受け入れた。
「ぼくが姉上と同じクラスだなんて、なんだかおかしな感じですね。 双子とかじゃないのに」
他にもっとおかしいことがあるでしょ、新八君。それに、そこに写ってるの、君の姉上じゃないし、その弟だって君じゃないからね!
「姉御可愛いアルな。でも、なんでわたしは新八なんかかけてるアルか?」
だから、それおめぇじゃねぇから、神楽!
新八が、眼鏡=自分、自分=眼鏡だという間抜けな"お約束"を桂君に説明を始めた。
なごやかで結構とは思うが、なんだかなぁ、とも銀時は思う。
つーか、なんでこいつらこんなに盛り上がってんの?なんでそうはしゃいでんの?
で、桂君、なんでそんな簡単に馴染んじゃってんの!?
ー桂君、というのは、自分たちが同級生だと知った二人が(本当は違うけど、別人だけど!)、こちらの桂小太郎と区別するために取り決めた呼称だ。桂君のいるクラスで、 彼がそう呼ばれているからというのがその理由。もちろん、桂君の方もあっさりそれを受け入れた。
土方の家ではびしばしに緊張していたのを知っている銀時からすれば違和感を感じないではなかったが、桂君自身からZ組内でこの二人と、真選組ーあちらでは三人まとめて風紀委員だそうだーとは親しさ が違うと聞かされていたので、そんなものかもしれないと思い直した。
だったら、と銀時は思った。万事屋に連れてきたのは正解だったようだ。そして、そうであってくれなくては困る、とも。 仕方のないこととはいえ、結局銀時は本物の桂への説明を土方に譲らざるを得なかったのだから。

あの後、散々揉めはしたが、銀時は桂小太郎少年を万事屋に隠すことに、土方がかまっ娘にいるであろう桂を万事屋に連れてくるということに落ち着いた。
人目を考えた時に攘夷志士桂小太郎にそっくりの少年を連れているのが土方なのはかなりまずいが、坂田銀時ならーという判断だ。更に、少年が土方の屋敷にいることろを見咎められるよりは、 万事屋にいるところを見咎められる方がはるかにマシだ。これはなにも土方の立場を考慮したことではない。銀時にとって土方の立場など鼻くそ並にどうでもいい。 ただ、党首としての桂の立場を考えた結果だ。だからこそ、ついには銀時も譲歩したのだ。土方を桂の迎えにやるなどということを。
侃々諤々の後、かまっ娘倶楽部の開店時刻を見計らった土方が屋敷を出るまで、二人がかりで桂君にこの世界のことを説明する時間はあまり残っていなかった。 それでも、桂君に瓜二つのもう一人の桂小太郎がこの世界ではお尋ね者であること。 だから桂君には表を出歩いてもらいたくないことは教え込み、納得させた。
桂君は自分にそっくりな同姓同名の人物がお尋ね者というだけではなく、命すら狙われていると知ってかなり驚いたようだったが、異世界の少年にしてはその事実をいたって冷静に受け止め、銀時と土方の言うことには従うと誓った。
一方、万事屋に向かう道すがらは、銀時が桂君から幾つか話を聞き出すのに貴重な時間となった。
桂君は"やっとう"は全然ダメで得意なのはピアノだということ。やはり、というか当然というかエリザベスというペットを飼っていること等だ。 真選組のメンバーとはあちらではあまり親しくないというのもその時に聞いたのだった。
受け答えは始終ハキハキしてたし、お尋ね者に間違えられるリスクを承知している割にはやはり終始落ち着いてもいた。今も、こうやって見知らぬはずの二人とすっかり馴染んでいる。
どうやらこっちはもう心配ねぇようだな。
そうひとまず安堵した途端、銀時は本物の桂のことが気になりだした。それどころか段々不安にすらなっていった。
目先の心配事が片付くまではと、意図的に押さえ込んでいたものだから、その反動でいっきに噴き出してきたものらしい。
ちょいと遅すぎねぇか、土方の野郎。これ幸いにと客として色んなサービスを受けてたりしたら、後でぶん殴ってやっかんな、ヅラを!
それとも、ひょっとしてかまっ娘にヅラがいなかったとかじゃねぇだろうな。マジで入れ替わってあっちの世界とやらにとばされてたり?
ないないない、それはない!
なんの根拠もなかったが、銀時は己に言い聞かせるように胸の奥で繰り返す。
大丈夫だ、落ち着け。ヅラはきっとかまっ娘にいる。暢気にアホヅラ晒してバイトしてやがるはず。
もし、もしだよ、てか、万が一ヅラになんかあったんなら、土方だって連絡してくるに違いねぇ。
だからー

「心配なんですね?」
突然、桂君が話しかけてきた。なにをーとは言わなかったが、それが桂のことを言っているのだと銀時には解った。
「別に心配なんてしてねぇよ」
できるだけ素っ気なくこたえたのに、桂君はとても綺麗に笑って
「多分、桂さん……がこの世界にいるのはほぼ間違いないですよ」
言い切った。
「なんでわかる?」
「だってー
桂君がなにを言いかけたかはそのまま有耶無耶になってしまった。
これ、高杉アル!と神楽が大声で叫んだせいで桂君がそっちに気を取られたせいでもあるし、 遠くから近づいてくる二組の足音に銀時の気が取られたせいでもある。


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