「道はそれぞれ 別れても」 その4


「銀時、おれには生き別れの双子の兄弟でもいたか?」
万事屋に足を踏み入れた途端、桂が莫迦な発言その3を披露してくれた。
「土方から聞いてはいたが、ここまで似ているとは尋常ではないな」
「知らねぇよ! なんでてめぇが知らねぇことをおれが知ってるんだよ! てかなんで双子? あっちは高校生なんだよ、てめぇは幾つだ」
それに、尋常じゃねぇからおめぇを呼んだんですけど!?
「なんだ貴様、おれの年を忘れたのか?」
「そういうこと言ってんじゃねぇだろ! どう見てもあっちは10代だろうが図々しい」
「さて。 自分ではよく判らん。 そのくらいの年には我が身は戦場だったしな」
桂が困ったように小首を傾げ、
「貴様の方が、おれの顔をじっくり見てるくらいではないか?」
銀時の臓腑を抉るようなことを言う。
「ちょ、なにとんでもないこと言っちゃってんの!?」
銀時にしてみれば、いっそ桂の口を切り塞いでしまいたいところだが、周囲の目を考えればそれだけ言うのが精一杯だ。
「あの頃は水鏡がせいぜいだったからな。 誰しも自分の顔などより余程他人の顔を拝んでいる時間は長かったろうよ」
思いがけず攘夷戦争の頃の話を持ち出され、銀時が安堵半分、納得半分しかけたその時だった。
「銀ちゃん今でもしょっちゅうヅラの顔をしげしげ見てるけどナ」
神楽がしたり顔で言い出した。
ちょ、せっかく話がまとまりかけてんのに。やめてくんない!?
銀時は焦るばかり。
「えーと、それはつまり……」
今度は何? 何を言おうとしてるの桂君!? なんか嫌な予感しかしねぇんですけど!!
「坂田さんも突然桂さんににらめっこをしかける癖があるってことですか?」
冷え込みかけた空気が一転して、「?」だらけと化した。
「にらめっこ? なにそれ?」
「知りませんか? 向かい合わせでー
「いやいや、それは知ってっから!」
生真面目ににらめっこの説明を始めた桂君を銀時が止めた。
そーゆーことじゃねぇ!
「つまり、その……銀八とかいう男が突然にらめっこを始めると?」とこれは桂。さすがに困惑顔だ。
こいつを困惑させられるなんてすげぇな、おい。でも、ない、それはない。それが本当なら、どんな変態だよそいつって話。
なのに、ええ、と桂君はあっさり頷いた。
「授業中とかでもお構いなしに、じーっと睨んでくることがあるんで困るんですよ」
それ、にらめっこと違うよね。多分、睨んでもないよね、それ。
心当たりがありすぎる銀時には耳が痛い。
「へー、かわったにらめっこですね」
いかにも投げやりに新八が言った。どうやら考えていることは銀時と同じらしい。
「変なんですね、その先生も」
もってなんだよ新八ィ!しかもなに、その蔑んだような目つき!今はおれの話じゃねぇから!銀八って男の話だから!
「うちの銀ちゃんがヅラ相手に時々やってるのもそれネ」
けっ、恥ずかしいアルな、そいつも。神楽が吐き捨てた。
神楽ー!!!も、なのか。あくまでも"も"、なのか!!
「そうか、あれはにらめっこだったのか!」
桂がそうかそうかと何度も大きく首肯している。
「それならそうとはっきり言えばよいのだ銀時。言えばちゃんと相手をしてやるものを」なんて一人で納得している。
馬鹿だ。
新八と神楽の目がハッキリそう言っている。その蔑みを含んだ眼差しは桂だけでなく、むしろ銀時にも向けられてー
いたたまれない。恥ずかしい。
なのに、「で、どっちが勝つんだ?」今にも爆発寸前の銀時にお構いなしの涼しい声。桂は素で興味津々らしい。
「それが、先生はすぐに目を逸らしてしまうので……」
お流れです、とこちらも生真面目にこたえる。
「きっと、授業中だって我に返ってしまうんでしょうね」
「ふん、自分から勝負を挑んでおいて放り出すとは情けない」
なぁ、銀時?
こっちに話振るのやめろ!しかもなんでおまえが得意げなんだよ。
「どんなにらめっこだ、そりゃ」
土方が、忌々しげに毒づくが、瞳孔の開いた目は、しっかりと銀時を捉えている。
「ヅラを迎えにいそいそ出かけて行った人に言われたくねぇんですけど!?」
「ヅラじゃない、桂だ」  「ヅラじゃありません、桂です」
Wでうッぜぇぇぇぇぇぇ!
しかも、
「そう言うな、土方が上手く西郷ママに取りなしてくれたから、おれはこうやって出てこられたのだ」
大体の事情も聞いている。貴様ならこう手際良くはいかんーというのが桂からの有り難いお言葉。加えて肯く土方。
どっちも気に食わねぇ。
恥ずかしいにらめっこから話が逸れたのはよかったが、銀時にとっての面白くない状況が続いていることに変わりない。
「まぁまぁ、銀さん、ちょっとこれでも見て笑って下さいよ」
銀時が盛大にすね始める寸前、それと察したらしい新八から少々強引に助け船が出された。
強ばった笑顔とともに差し出されたのは桂君のスマホで、そこには眼帯姿の高杉。
机に両足を投げ出しどことなく不敵な顔で口の端だけでうっすら笑っているが、着ているものはやはり目の前の桂君同様詰め襟の学生服でー
怖ぇ。てか、きもい。
「よりによってなんで高杉チョイス?」
あいつが高校生とか全然笑えねぇんだけど、不気味すぎて。
「こいつ、ちゃんと授業受けてるアルか?銀ちゃんにそっくりの銀八って奴の?」
「神楽ちゃん、人の先生を呼び捨てはないでしょ!?桂さんはともかく僕らにとっては目上なんだし」
新八は一応は咎めてみせるが、声には力がない。
「銀八だなんて銀ちゃんと新八を合わせて割ったような名前の奴、まともな訳がないネ」
言い切られると、そうだね、とばかりに肩を落とした。
「だから、そんな奴の授業なんてかったるいに決まってるアル。それを我慢するような高杉は高杉じゃないネ」
「ー高杉は滅多に学校に来ません」
神楽の言うことを受けて桂君が言えば、神楽は我が意を得たりという顔をし、新八もああ、という表情をした。
「けど、根はいい奴なんですよ。こっちの高杉もそうなんでしょう?」
自信満々に付け加えられて、銀時は胸が重苦しい。桂も同様らしく、盗み見た横顔の目がくらい。
土方に至っては、苦虫を噛みつぶしたような顔だ。
否定も、もちろん肯定も出来ず気まずい沈黙に支配されるところだった雰囲気を救ったーというかぶち壊したのはやはり桂君で
「でも、高杉、そろばん塾にはちゃんと通ってるみたいなんですよ」
とんでもないことを暴露してくれた。
「そろばん塾ぅ!?」
「そろばん塾だと!?」
「そろばん塾だぁ!?」
「そろばん塾ですって!?」
語尾はそれぞれで違えども、銀時、桂、土方、新八の四人の叫び声がハモった。
神楽にいたっては、あいつがアルか?と笑い転げる始末。
高杉がそろばん塾ゥ?どんな冗談だよ。
現役高校生やってることより、そっちのほうがはるかに怖ェ!
どうしよう、おれ。今度あいつに会ったら叩っ斬らなきゃなんねぇのに、どうしよう。やべぇ、顔見たら思い出して笑っちまいそうだわ。
さすがは桂小太郎という名を持つ男!凄腕の空気クラッシャーだよ、桂君!
そんな中でも、「そうか。あいつは案外真面目だからな」
もう一人の桂だけがしんみりとして
「ええ、そうなんです」
桂君も同じトーンで受ける。
納得してるのおまえらだけだかんね!
新八は笑おうとして笑いきれない中途半端な顔で硬直してるし、神楽はまだ笑ってやがる。土方なんて我を忘れて煙草逆さまに咥えるとこだったからね! だって高杉の奴、過激派だもの。こっちでは洒落にならないくらい危険人物認定されちゃってるもの!
「ところでよ、その、銀八……先生っての?そっちはどんな奴なんだ?」
銀時としてはなんとはなしにいたたまれなくなって絞り出した問いだったのに、
「やはりダメでダメでダメでダメでどうしようもない男か?」
桂の声ときたら楽しそうですらある。
「はい。ダメでダメでダメでダメでダメでどうしようもない、先生です」
授業中ににらめっこどころか、ジャンプ読んでることだってありますから。
にっこりと酷いことを言う桂君。
「最低だな」
冷ややかな視線を寄越す桂と土方。
仲良くこっち見てんじゃねぇよ。
「ちょ、いくらそいつが俺とそっくりだからって、その評価が俺にまんまスライドされる意味がわかんないんですけど?」
だって、別人なんだし。
「でも」桂君が控えめに異議を挟んだ。
「多分、みな外見だけじゃなく内面も似てるんだと思いますよ。俺の知る土方は真面目な正義漢だから、新撰組?警察官にぴったりだしー
「じゃ、そう言うおめぇはお尋ね者にぴったりって訳?」
苛々がつのっていた銀時の口から、とうとう大人げなさ炸裂の嫌みが出た。
「子ども相手になにを言うか」
桂となぜか土方、それに新八神楽までが抗議の声をあげたが、桂君は慌てず騒がず「そうかもしれません。実際、俺、近藤や土方、沖田には睨まれてますし」と平然としている。
「なんでまたそんなことになってんだ?」
土方が問えば、
「俺のこの髪が校則違反だと言うんですよ、高校生らしくないって。彼らは風紀委員ですから取り締まるつもりなんです」
高校生らしくないっつーより、それ男子高校生の髪じゃねぇよ。ヅラと一緒。ただただ艶麗なだけだ。
「それじゃ、まぁ、しょうがねぇな」
銀時と同じ思いらしく、幾分つまりながら納得する土方に、違いますと桂君が珍しく声を荒げた。
「校則に男子の髪の長さについての規定はありません。高校生らしくないというアバウトな理由では納得がいきませんし、らしくないというなら、まず、近藤のヒゲの方が余程そうです。そっちはスルーなんておかしくないでしょうか。何事もまずは己を正してからだと俺は思います」
「確かにな」これは桂。
「とはいっても、所詮俺たちは高校生ですから斬るや斬られるとかいう話ではもちろんありません。校門を出てしまえばその話は一旦終わりですし」
それに、と桂君は言葉を継いだ。
「そもそも俺のいた世界では、新撰組も幕府もにとっくに消えてますから単純にどうこう言えません。でも、環境や歴史の流れによっては、俺もどうなっていたか……そればかりは見当もつきません」
それを聞いて今度こそ土方が煙草を逆に咥えた。
「じゃ、桂君は未来から来たってことですか?」
真選組も幕府もない世界だなんて。
桂君の言葉に無言で立ちつくすしか術のない大人たちにかわって新八が訊いた。
「違うと思うな。だって、俺のいた地球にはエイリアンー天人、っていうんだっけ?ーなんて来てないし。少なくとも公式にはね」
「じゃ、幕府を滅ぼしたのは誰アル?やっぱり攘夷の連中アルか?」
「攘夷志士たちが一役も二役もかったのは間違いないけど……」
俺、理系でそんなに日本史詳しくなくてー桂君は申し訳なさそうに言うが、それで充分。桂君がいた世界は、銀時たちのいる世界とは似通ってはいてもやはり全くの別世界だということが ハッキリした。
まぁ、はなっから解ってたけどな。
「おもしろくはねぇが、そういう世界もあるってこったな」
土方が大人の反応を見せれば、
「余所は余所うちはうち。ともかく、今後のことを考えねばな」
オカンくさい言い方で桂もそれに応えた。
け。仲のいいこって。
ありがとうございます、と桂君が丁寧に頭を下げた。その角度が、これまた桂そっくりで、こんな時だというのに銀時は何故か笑い出したくなった。
「じゃあ、まず、俺がどうやってここに来たか知っておいて欲しいんです」
桂君が5人の顔を順番に見ながら訴えた。
「俺、原因は知ってますから」
え?そうなんだ。
各の胸の裡で、5人が一斉に突っ込みを入れていた。



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