「道はそれぞれ 別れても」 その5


土方……さんと出会う直前、俺は学校にいました。
そんな前置きで、桂君の話は始まった。
「土曜日だったので本来学校は休みなんですが、有志が集まっての文化祭の準備があったので何人かは登校してたんです。俺もその一人でした。 うちのクラスは舞台発表では演劇と合唱、クラス展示では科学教室を借りての実験を予定していてー
「科学か。いかにもそれっぽい話が出てきたじゃねぇか」
銀時が口を挟んだ。
「SMあるか!?」
「違うよ、SFだよ神楽ちゃん。 サイエンスフィクションの略だよ」
「SFって少し不思議の略じゃねぇのか、おい?」
「どこが"少し"だ銀時。 "すごく"の間違いであろう?」
「あんたら、知ってていい加減な嘘言うの止めろよ! 人の一大事をなんだと思ってるんですか!」
新八が叫んだ。桂君はじっと銀時と桂を見ている。
「御免ね、桂君。 莫迦どもは放っておいていいから」
新八が深々と頭を下げて謝れば、内心はともあれ、桂君は「大丈夫だよ、慣れてるし」とにこやかにこたえ、慣れてんのかよ!という新八の突っ込みに更に笑顔を浮かべた。
こりゃ、慣れってだけじゃねぇだろ。
銀時は思う。
新八の言うとおり、"一大事"にも関わらず、この落ち着きっぷり。不貞不貞しいと言ってもいいほどだ。確かに図太いのは桂の専売特許でもある。
比較対象が桂君と桂の一組だけとはいえ、この二人について考えてみると、やはり桂君の言うとおり、そっくりなのは姿形ばかりではないーというのは当たってる気がしてきた。
じゃ、おれもその銀八という野郎と?
そうなると話は別だ。腑に落ちない。見知らぬ相手とはいえ、そんな人間が存在するのを認めるのも正直なところ気持ち悪い。
でもなぁ、と銀時はまた思う。
桂君の新八・神楽への馴染みっぷりも尋常じゃねぇし。やっぱあの二人も向こうの二人と酷似してるっつーから、そのせいと考えるとしっくりくるっちゃくる。
けどよ、それはともかく高杉に関しちゃこれっぽっちも納得いかねぇし……。
だって、そろばん教室だよ?
あいつがそろばん抱えて嬉々として通ってるなんて、どんな絵面だよ。下手な地獄絵図より怖ぇだろうが!
だがまてよ、土方をはじめとする真選組の面々は……
担任のーそういう桂君の声が届き、堂々巡りの思考の流れから銀時も我に返った。
「先生の指導があったりみんなで相談したりして決めるものなんですが、あの人、かなり面倒くさがり屋なので」
桂君が説明を続けている。どうやらまだクラス展示の話題のようだ。銀時の気が逸れたのはそう長い時間ではなかったらしい。
「銀時に似ているのだからな、さもありなん」
桂が大いに納得している横で土方もまた肯いている。
二人まとめて殴ってやりてぇ。
「だから、今回の展示についても既にあるものに乗っかることになったんです。先に出し物ありきーというか。前々から理科の先生が趣味で作り始めていた装置があったので」
「そのまま流用しよってぇんだな?」
横着な話だぜ、と土方がなぜか銀時の方を斜に見た。
腹立つ。
「もちろん、俺たちの誰もがそんな実験が成功するなんて思ってなかったんですけど、他に考えるのも面倒だと、先生が」
「で、その装置ってなんなんですか?」
「瞬間移動装置だよ」
桂君の答えからたっぷりの間をおいて、土方が皆の気持ちを代弁して言った。
「相当ヤバいな。 考えた奴の頭がよ」
「土方さんの言うとおりですよ! 趣味でそんなの作ってるなんてどんなマッドサイエンティストですか」
「おまえのところはまともな教師がいないアルか?」
土方の一言で、凍り付いていた時間が流れ出したかのように思い思いの自論が展開された。
「だが、現にこの子はここに来ているではないか」
桂の鶴の一声に、姦しく喚いていた面々はそれきりピタリと口を噤んだ。
「して、その装置とやらはどうなったのだ? どこかに置いてきたのか?」
静まったのを見計らい、桂が問いかけた。
「いえ、装置は向こうの世界に残ってるはずです。 俺はただ、転送されてきただけなので」
「じゃ、どうやって帰るアルか?」
神楽は他の四人が恐ろしくて訊けないことをあっさりと訊いてのける。
「さぁ……正直解らないな」
「簡単じゃねぇか。 その装置とやらをも一個こっちで作ればいいんだけだろうが」
「無茶言わないで下さいよ銀さん」
「馬鹿だ馬鹿だと思ってたが、本当に馬鹿だったとはな」
「ほざいてろよ。 おめぇら、今の話でぴんとこねぇか? おれらの知りあいに、いかにもそういうとんでもねぇ装置を作りそうな奴がいるだろうがよ?」
銀時が言うと、桂君以外が一様にああ、という顔をした。
それは悦びとは全く無縁の、むしろ諦観にも近い表情だったが、幸い桂君がそれに気づいた様子はない。
銀時とて皆と思いは同じだ。
だがよ、どんな危なっかしい奴でも解決の糸口が見つかったことには変わりねぇ。……多分。
「なぁ、ひょっとしてだけどよ、そのいかれた教師、源外とか言わね?」
銀時がはっきりその名を口にすると、神楽の口から小さく呻き声がもれた。
「平賀先生、そんなお名前だったのかな? 装置を作られたのは平賀先生と仰るのですが……」
再び小首を傾げながらこたえてくれた桂君の落ち着いた一言が、周囲に漂い始めていた重苦しい空気を一気に爆ぜさせた。
「ほらみろ! やっぱそうじゃねぇか!なんてこった!あんのクソ爺ぃ!」銀時が吠えれば、
「あの爺ぃのせいでおれがどれだけ酷い目にあったことか!」土方が憤慨し、
「土方さんだけじゃありません。ぼくたち全員ですよ!」新八までもが叫んだ。
「たまの中に入る時もえらい目にあったアルしナ」
神楽も珍しく肩を落としている。
「で、でもよ、源外の爺ぃが作ったんてんなら、こっちの源外でも作れるかもしんねぇだろうが? な、な?」
経験からくる確かな不安感をなんとか払拭しようと必死に抗弁する銀時に、でも、と申し訳なさそうに抗ったのはなぜか桂君だった。
「あの装置はせいぜいが数メートル場所を移動させるだけのものだったはずなんです」
「なるほど。瞬間移動は成功したが移動先は想定外だったということか」
即、桂が受けた。
「まんざら失敗でもないが成功でもない、ということか」
ええ、と桂君は頷いた。
「だから、ちゃんとした装置が完成しても、上手く元の世界に戻れるかどうかは……」
あからさまに静まりかえる室内に、それでも桂君は端然としたままだ。
「で、でもよ、そもそもなんでそんなヤバそうな実験に協力する気になった訳?」
まんざら無理矢理見つけ出した接ぎ穂という訳でなく、銀時が訊いた。実は内心かなり気になっていた。それは皆も同じだったらしく、一様に桂君の反応をうかがっている。
「俺、学級委員長なんで」
そんな理由!?
「それにまさかこんな形とはいえ成功してしまうとは微塵も思ってませんでしたし」
なんだよ、そりゃ。
「予行演習で思い切り失敗して、気持ちよく別の企画に乗り換える手はずだったんですが……」
困りましたねぇ。打ち合わせの時間がないーとやはり傍観者のようだ。
「それどころじゃないでしょう!」
その代わりにーとばかりに声を張り上げたのは新八で。
「桂君がここに来ちゃって、今頃あっちでは大騒ぎになってるでしょうに!」
どうしたらいいんですか、ぼくら? 何ができるんですか、ぼくらに?
桂君以上に必死だ。桂君の現状を桂君本人より憂えているらしい。
大丈夫だよ、と桂君は言う。
「さっきも言ったように登校してたのはあくまで有志だけだったし。舞台発表担当の子たちはとっくに帰宅してたから、俺が消えるのを見たのはごく限られたメンバーだったから」
「人数の問題じゃないでしょうに」
新八が力なく言う。
なのに、
「闇雲に騒ぐようなメンバーじゃないし。今頃は先生を交えてこれからのことを相談してる頃かな」
桂君自身はあくまで淡々と語り、
週明けまでは他の生徒たちに話が広がるようなことはないと。もちろん外部にもれるようなことも」
ここまでくると他人事のようですらある。
「有志って他に誰がいたんだ? その、試運転とやらの時によ?」
「責任者の平賀先生、理系繋がりで数学担当の坂本先生、それからー
やっぱ馬鹿本も教師かよ!とんでもねぇ学校だな、おい。
ーそれから生徒たちに退校時刻を守らせるために風紀委員長、あ、近藤のことです。理事長に……あ、あとエリザベスも!」
エリザベスという単語にすかさず反応した桂を取りあえず軽くぶん殴って、銀時は目を丸くしている桂君に「担任はどうした?その、銀八とかいう?」と訊いた。
この子の一大事に何してやがった?
「いらっしゃいませんでした」
実に、実にあっけらかんと桂君はこたえた。
「そもそも学校に来てらしたかどうかも俺は知りません」
わぁ、ひどいアル。神楽が蔑みの眼差しを銀時に向けてきた。
同感だ。けど、酷くね?


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