「道はそれぞれ 別れても」 その6


「瞬間"移動"装置ってんで、入れ替わりじゃないって知ってたんだな?」
銀時に問われ、桂君は頷いた。
「実験自体が100%成功してるわけじゃないので、断言はできませんでしたが」
ああ、だからか、と銀時は思い起こしていた。だから、"ほぼ"か。万事屋に現れない桂を銀時が気にし始めた時、桂君が言ったのだった。
「桂さんがこの世界にいるのはほぼ間違いないですよ」
なるほどね。
桂君の予想通り、桂はちゃんとこちらの世界にいて、土方に万事屋に誘われるまで何も知らずにかまっ娘でバイトをしていた。
その桂も今はもうここにいない。
万事屋にいるのは銀時に桂君、そしてとっくに押し入れで爆睡している神楽の三人だ。

全ての元凶があちらでは理科教師である平賀源外の作った装置だと判明した以上、こちらの源外にどうにか責任の一端を担ってもらおうーつまり巻き込んでしまえーと話がまとまったのは、丑三つ時。 夜が明けたらすぐにの所に行くことだけを決めて、それぞれはそれぞれのいるべき場所に帰った。つまり、桂は隠れ家へ、土方は屯所へ、新八は道場へという具合。
が、その前に桂君をどうするかで少々揉めた。万事屋に匿い続ける方がいいと言う者と、桂に預ける方がいいと言う者。前者は銀時、土方、桂。後者は新八と神楽だ。
結局、銀時たちの考え通りとなった訳だがーそれにしても、あいつらときたら!思い出すと、腹立たしいやら恥ずかしいやらで、銀時は奇声を上げながら闇雲にそこらを走り回りたいような無茶苦茶な気分になる。
さすがに実行に移さない程度には理性があるので、かわりに髪をぐしゃぐしゃに掻きむしった。
「あの……大丈夫ですか?」
桂君が少しひき気味に声をかけてきた。
大丈夫じゃありません!
おめぇもあの場にいてわかンねェの!?
いたたまれねぇんだよ。


お尋ね者と瓜二つなんだぜ、ついでに名前も同じでよ、そう銀時は新八たちを説いた。
だから、桂君はここにいるべきなのだ、と。
「出来るだけじっとしてるほうがいいに決まってんだろうが」
土方とそう考えて、ここに連れてきたってぇのに。
逆に、だからこそ桂と一緒にいた方がいいのではないか、というのが新八&神楽の言い分。
「桂さんと一緒にいれば、"別人"だと一目で判ってもらえますよ」
誤認逮捕の心配がない、と強硬に言い張った。
「だが、おれは四六時中屋敷に留まってはおらんぞ。バイトは休めても攘夷は休めん」
一人きりの時に襲撃でもされたらひとたまりもないーと桂。
「それに、同志たちに見咎められでもしたら説明が厄介だ」
「どうしても無理アルか?」
「どうしたリーダー、桂君と一緒だと何かまずいことでもあるのか?」
「そそそそ、そんなことありましェん!」
新八が大げさなほど否定してみせるが、声が裏返っているので怪しさ炸裂だ。
訝しんだ銀時が締め上げて白状させてみれば、なんのことはない心配されていたのは桂君ではなくてー
「は? おれ?」
意味わかんねー。
「銀さんが寝ぼけて粗相でもしたらと思うと……おちおち帰ってられませんよ」
「粗相って、ちょ、おま、まるでおれが寝小便するみたいなこと言うんじゃねぇよ」
「そういうことじゃありませんよ、ぼくが言いたいのはですね、あの……その……」
はっきりしない新八と違い、神楽は容赦ない。
「今更銀ちゃんの寝小便なんて気にしてないアル。寝ぼけて桂君をヅラと間違えでもしたら大惨事になるってことネ」
なに?おれがなんですか?寝ぼけてどうするって?は?
それってなにですか。おれ、寝ぼけてたら桂君にナニしようとするかもしれないって心配ですか?
その発想はなかった!っつーか、おれどんだけ信用されてねぇんだよ!
「ふざけんな! おれがそうそう寝ぼけたりするかよ!」
「ー否定するとこ間違ってますよ、銀さん」
「やっぱりこのマダオと桂君を一つ屋根の下においくわけにはいかないネ」
「あのなぁ……」
仮に寝ぼけてようが、いくら二人が瓜二つだろうが、おれが他の誰かをヅラと間違えるわけねぇんだよ!
銀時は胸奥で叫ぶ。
本当は声を大にして主張したい。 が、出来ない。土方や桂君に聞かれることを思うとばつが悪過ぎる。桂に聞かれるのも嫌だ。したり顔されるに違いないし、なによりー
こっ恥ずかしいだろうが。
言葉に詰まった銀時が視線を彷徨わせると、
「なにがどう大変なんだ?」
桂がきょとんと小首を傾げている。
ヅラぁぁぁぁ!なんでおまえがそれを言う!?
さすがだよ。鈍いのもそこまでくれば才能だよ!
てめぇのせいで、周りの空気がどんよりと澱んできてるってぇのに。新八や神楽なんてどん引きしてっぞ?さっきまでまさしく鬼の形相だった鬼の副長すらあほ面下げて呆然としてるじゃねーか!
ダメだ、この重っ苦しい雰囲気。とてもじゃねぇが耐えきれねぇ。誰か何とかしてくれ、300円あげるから!!
あのー。
控えめに声が上がった。桂君だ。
「俺は全然困りませんが?」
これまた空気の読めない桂二号も不思議そうに小首を傾げている。
おまえもかァァァァ!
こうなると、あれこれ気を揉んでいる周囲の方が馬鹿に見えてきてしまう。
それでも、新八が折衷案を出して食い下がってきた。
「じゃ、じゃあ、桂さん。桂さんもここに泊まるというのはどうですか?」
その方が桂君も心強いでしょうし。
「それがいいアル。ヅラも泊まれヨ」
土方は実に嫌そうな顔をしたが、銀時にしてみればウェルカム。
が、桂がせっかくの案を退けた。
待たせてあるエリザベスが気に掛かる上、どうしても着替えたいと言い張った。
「着替えなら銀さんのがあるじゃないですか」
「銀ちゃんのは臭いから嫌アルか?」
「誰が臭いんだ、誰が!」
「だって、銀ちゃんの枕臭うネ」
「そりゃ加齢臭ってやつだ」
「ヤニ臭い奴は黙ってろや」
すったもんだの遣り取りもどこ吹く風、着替えをすませて諸々の指示を志士たちに与えたらすぐに戻ってくる、そう桂君にだけ言い置いて桂は帰って行ったらしい。 気づけば、桂の姿は消えていた。
「もう夜明けも近い。いっそ起きたままでいればよい」
そうとも言っていたという。
桂が消えたことで、必然的に新八と神楽の提案は退けられ、桂君は万事屋に留っている。

「桂さん、何時頃に戻って来られるでしょうね?新八君の方は、8時頃に戻って来るって言ってましたけど」
「さてなぁ……下手したら新八より遅ぇかもしれねぇな」
今は銀時と桂君の二人、言われたとおりーという訳でもないが、なんとはなしに眠りそこねて二人を待っているところだ。
「すぐーたって、あてになんねぇし。あいつもあいつで色々あっからよ」
ほら、お尋ね者じゃん?
「真選組とかに出くわすと、どうなるかわかんねえしよ」
「本当にお尋ね者なんですね、桂さん」
「なに、信じらんねぇ?」
「そういうんじゃないんですが、土方さんがー
桂君は言葉を濁すが、違和感があるのだろう。そりゃそうだ。
「まぁな。あれもあれで色々あんだよ」
土方が桂に惚れてて、あの格好の時は"ヅラ子さん"として攘夷志士の桂小太郎とは無理矢理別人認定しちまってるーなんてことが言えるはずもなく、銀時も言葉を濁すだけ。
「坂田さんも」
「おれ?」
「桂さんと普通にお付き合いできるんですね」
お尋ね者なのに。
あの二人だってそれを当然のように受け止めているし。
「こっちもこっちで色々あんだよ」
普通のお付き合いはしてません。実はできてます。なんて、これまた言えるはずもない。
「……さっきはすまなかったな」
訝しげに眉を寄せる桂君にヅラとのこと、と銀時は言う。
「こんなところに一人飛ばされて心細いに決まってんのによ、つい巫山戯ちまって」
悪気はねぇんだが。どうもあいつと同じ空間にいると調子が狂うっつーか?あいつの莫迦さに引き摺られちまうっつーか……。
「というより素が出るだけでは?」
必死に弁解する銀時に、桂君は辛らつな言葉を浴びせる。が、笑みは絶やしていない。
「謝っていただく必要はありません。俺、むしろ羨ましいです」
どこがよ。
「俺は……俺たちは教師と生徒なので、坂田さんと桂さんのように対等っていうのかな?ああいう感じにはなれなくてー」
「それが普通だろ?」
それだけじゃないです、と桂君は言う。
「桂さんがエリザベス!?って叫んだ時、坂田さん手加減なしに頭を叩いたじゃないですか。叩かれた桂さんも平然として」
なんか、いいなぁーって。
溜め息のように言われて初めて、銀時はある可能性に思い至った。
ひょっとして、こいつも……てか、こいつらも?
まさか?
まさか……な。



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