「道はそれぞれ 別れても」 その8


本物か?と疑う必要はなかった。
あちこち好き放題な方向を向いている癖毛に薄汚れた白衣姿の男は、どこからどうみても自分そっくりだ。認めたくはないが。
眼鏡の奥には死んだ魚のような目。そこには驚きも含め、一切の感情も表れてはいない。が、銀時には解る。薄開きの両眼は、しっかりと銀時を捉えているだろうし、眼光は鋭さを秘めているに違いない。
あー、くっそ。そんなとこまで似るもんかよ。
自分と瓜二つの人間が目の前にいるだけでとてつもなく不安な気持ちにさせられるというのに、隠しているつもりの内面まで筒抜け状態だなんてー
お互い様とはいえやりづれェ。
坂田銀八と対峙して、銀時は桂と桂君の肝の据わり方に改めて感心した。

「まさか、いないの?」
んな訳ないよね?視線が語っている。
「いや、いる」
なんとか返事をして中に招き入れようとした時、「銀時!」頭上から桂の声が降ってきた。大荷物を抱えて瓦屋根に突っ立っている様子はー
「朝っぱらから空き巣かよ」
「空き巣ではない。桂だ!」
叫ぶように言いながらすとんと目の前に舞い降り、
「れ?」
小さく小首を傾げた。
「銀時、貴様には生き別れの双子のーぃったッ!」
銀時の手刀が桂の頭に思い切り振り落とされた。
「てめ、昨日何聞いてやがった、ああ!?こいつが例の銀八って野郎に決まってるだろうが!」
「いきなり酷いではないか。貴様らが剣呑な面構えで立っておるから場を和ませようとしただけだというのに」
「和むかァァァァ! 酷いのはてめぇのおつむの中身だ!」
「ちょっとあんたら、朝っぱらから大声で世間様に莫迦を晒すの止めて下さいよ」
いつの間にか現れた新八が割って入ってきたが、二人を叱りつけた後になって銀八に気づき、それ以上のお小言は慎んだ。
「銀さん、取りあえずみなさん中に入ってもらって下さい。玄関先が狭いを通り越しちゃって窮屈ですよ」
桂君だって待ってるんでしょうに。
銀八に、ご存じでしょうが志村新八です、と頭を一つ下げ、小言の続きらしきものを呟きながら奥へと消えていってしまった。 取り残された三人は、互いに顔を見合わせると、しおしおとその後を追った。

「先生! それに新八君、桂さんも!」
「あー、やっぱここにいたかァ」
さすがに興奮気味の桂君に対して銀八は、やや低めのテンションだ。たった1日弱とはいえ、忽然と消えた教え子の無事を確認した担任のそれとは思えない。
なんだぁ、こいつ。
それだけでも何とはなしに腹が立った銀時だったが、その後がいっそうまずかった。
「勝手にいなくなられたら困んだけど? 先生の立場ってもんを考えろ」
銀八は、突っ立ったまま煙草の煙と一緒に吐きだした。いかにも面倒くさそうに。
新八は怒りで顔を赤くしたし、さすがの桂も肩を震わしている。 桂君も落ち着いてはいるが、少し顔色が悪い。
こいつ!
銀時がぶち切れたかけた時、
「流石だな銀八とやら」
桂の暢気な声に気勢が殺がれた。
「言うことが銀時そっくりだ」
は、い?
「解ってるとは思うがー」
桂は桂君を見下ろしたまま、
「勝手にいなくなられたら困る、というのは突然いなくなってしまったので死ぬほど心配したーという意味だ」
うっすら笑いながら言う。
さきほど肩を震わせていたのは怒っていたからではなく、笑いを堪えていたかららしい。
「ついでに言うと、先生の立場を考えろーというのは、先生の気持ちを解ってくれーくらいの意味だな」
桂君は桂の言葉に目を丸くしていたが、重ねて言われるに至って、はいーとはにかむように肯き、桂と顔を見合わせて、ふふっと笑った。
なんか……怖ェ。
高杉が嬉しげにそろばん弾いてる姿を想像した時と同じくらい、怖ェ。
「ちょ、勝手なこと言わないでくれる?えーと、そこの……ヅラのそっくりさん」
桂の"とんでも翻訳"に毒気を抜かれてしまった銀時と違い、軽くいなすような口調の銀八は大して動じていないかのようだ。 内心はどうあれー実際は銀時とどっこいどっこいの居心地の悪さを感じている、と銀時はふんでいるのだがー、少なくとも上手く隠している。
こういうところが"韜晦"と桂君が言う所以なのだろう、銀時はそんなことを考えた。
「ヅラのそっくりさんではない、桂だ」
「へぇ……口癖も同じ、か」
どこまでも恍けた言い方をするが、今度ばかりは声音に驚いた色が含まれている。
「で、先生はどうやってこちらに?」
すっかり顔色の戻った桂君が、誰もが気にしていることを尋ねた。
「んー? なんか桂君が消えた!って近藤から連絡があってな。色々あってアレ使って来ちゃった」
色々って……端折りすぎだろ!
「っつーか、どうしてここに、この万事屋に来たんだ?」
「銀さんの言うとおり、なぜまっすぐーかどうかは知りませんが、ここへ来ることが出来たんですか?」
「気がついたら見慣れない風俗の場所にいたんだけど、ぼーっと突っ立ってるのも通行の邪魔だし?取りあえず観察も兼ねてふらふら歩き回ってたらさ。見つけたんだよね」
「何をです?」
「指名手配書。人相書きっつった方がしっくりくるような古風な奴だったな」
その時の様子を思い出すかのように、銀八は目を閉じた。
そこに見知った顔が並んでいて、銀八は驚いたのだそうだ。
だろうな、とみな一様に思った。
「ヅラに、ヅラの得体の知れないペット。だいたいなんでペットが指名手配になってんだか」
「ヅラじゃない、桂だ。それに得体が知れなくなんかないぞ、エリザベスだ!」  「ヅラじゃありません。それに得体が知れなくなんかありません、エリザベスです!」
Wで返されてもやはり銀八は動じない、ように見える。面白そうに桂と桂君をかわるがわる見比べて、
「なんだ、二人して反応するのそこ? 指名手配ってとこはスルー?」
やや驚いたように言って、
「高杉もいたな」と付け加えた。
「にしても、攘夷志士だなんて大時代的だよなぁ。今さ、何時代なわけ?」
訊いておいて、
「教え子が二人も犯罪者扱いされてるのには流石に驚いたね。こりゃ、とんでもねぇとこにきちまったと思ったよ、おれ」
一方的に話を続ける。
呆然と高札を眺めていると、誰かが気安く肩を叩いてきたので更に驚いたと銀八は言う。
「誰だぁ?と思ってみたら、これがまた見知った顔でさ。二度ビックリ。や、三度、か?」
「誰だったんですか?」
「近藤だよ。沖田もいた。なんか明治や大正時代のお巡りさんみたいな恰好してて笑っちまいそうだった」
大して面白がってる風ではなかったが、銀八は桂君にそう言った。
「実際、お巡りさんだったみたいだな。彼らに万事屋だの、万事屋のダンナだの言われて訳わかんねぇでさー」
「まぁ……そっくりですもんね銀さんに」
「確かに間違えられてもしゃーねぇーよな。さっき出会った近藤や沖田だって、おれの教え子と瓜二つだったしな」
「で、沖田と近藤がどうした?」
桂が単刀直入に話の先を促した。
「その内沖田がさ、なんか変なこと言うんだよね。『旦那、こんなもん今更呆けたように見ねぇでも、桂なら毎日のように会ってるんじゃねぇんですかぃ?』ってな」
銀時は銀八に探るような視線を送られたが、完璧に受け流した。沖田の名が出た時、嫌な予感はしてたのだ。当然、こうくるだろうと予測はついていた。
やっぱな。思考回路までがそっくりかよ。
何ら反応を見せない銀時からゆっくりと視線を外し、銀八は話を再開した。
「だからさ、お巡りさんにまで"桂と親しい"って決めつけられちゃってる万事屋のダンナとやらに会ってみようかと。ヅラも、いつかそういう風にそこに辿り着くんじゃねぇかってな。 や、ひょっとしたらもう辿りついてっかも、とも思ったし?」
ま、そゆこと。あくまで軽く、そう銀八は話をしめた。
「先生は、ここに来るまでどれくらい時間がかかりましたか?」
銀八はちらりと腕時計を確かめて、
「多分1時間とかかってねぇ」
自分でも驚いたのかひとしきり感心している。
「坂田さん、あんた有名人みてぇだな。そこら辺の人を適当に掴まえただけで、すぐにここを教えて貰えたよ。最初はからかってるのかと思われて難儀したが」
さもありなんと、その場にいた誰もが納得した。
「けど、まさかこんな風自分と瓜二つの人間がいるなんてな。……おれだけじゃねぇけど」
新八、銀時、そして桂と順に見ながら改めて感心している。
「この人たちだけじゃないんですよ」
桂君が、神楽のこと、土方のこと、源外のことを告げた。
「そりゃいい。もうすぐこっちに来るはずだしな、平賀先生。その人と二人で話させようや」
「ちょっと待って下さい!そんなにホイホイ来れちゃうもんなんですか!?」
新八の叫ぶような突っ込みに対して、
「そうなんじゃね?こうやっておれも、ヅラも来てるし。よくわかんねーけど」
表情一つ変えず言い放つと、銀八は新しい煙草に火をつけた。

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