「道はそれぞれ 別れても」 その9


銀八が、そして桂君が気がつけば立っていたという場所で待ちかまえることゆうに3時間、銀時たちはどうにか無事にもう一人の平賀源外を確保した。
昨日の夜更かしがたたったらしく爆睡中だった神楽を新八と電話番に置いてきたので、銀時、銀八、桂、桂君の四人で取り囲むようにして源外の営む「からくり堂」へと引っ張っていく。 平賀先生が辿り着いた異世界と、同僚と生徒に生き写しの別人たちに驚く間など与えなかった。

その平賀先生は道すがら、時折「ほぉ!」と感嘆の声をあげている。銀時と桂君二人がかりで、この世界には自分とそっくりな人間が存在していることや、 その人物は"お尋ね者"であることなどを聞かされているのだろう。
そんな三人の後ろを、銀八と桂が並んで歩いている。
「なぁ……あんた……桂さん」
前を行く三人の様子を見ながら、銀八が桂に話しかけた。
「平賀先生が人目につかねぇようにっておれたちで囲むようにしてんのは解るよ。こっちの平賀先生はお尋ね者らしいからな。ついでにあれも解る」
銀八が桂君の方に目を遣った。桂君は、桂のいつもの僧衣に身を包んで銀時の横を歩いている。あれが今朝、桂が銀時から空き巣呼ばわりされる原因の一つとなった大荷物の正体だ。
「で、だ。なんで平賀先生と同じくらいやばいはずのあんたがこんな堂々と歩いてんだ?」
「おれはいつもこうだが?」
桂はまっすぐ前を向いたままだ。
「朝は確か屋根から降って来たよね?」
「あれは土方に追われてやむなくのことだ」
「なにあいつ、昨日の今日で掌返し?」
前方から銀時が声だけで割って入ってきた。
「……地獄耳ですか、彼?」
「あれでも一応は侍の端くれ。それなりに神経を尖らせているのだろうよ」
桂は感心する銀八にこともなげに言い、
「そうではない。おれが近藤や沖田と出くわさないよう、追いかける風で誘導しただけだ!」
銀時に言い返した。その声が、またよく通る。
おィィィィィィ!声でかすぎんだろ!指名手配犯が往来でお巡りさんの名前を叫んでどーする!?
さしもの銀八も心底呆れ、桂がこうやって堂々と歩いているのが"いつも"だというのはきっと本当に違いないと瞬時に理解した。
「けっ、どーだか!」
「なにか誤解しておるようだが桂君のことを第一に考えてのことだぞ?」
「幕府の狗に理解が深くていらっしゃるんですね!」
「彼を知り己を知れば百戦して殆うからずと言うではないか」
「にしては土方限定じゃね!?」
「貴様何が言いたい?くだらんことで拗ねるな!」
「拗ねてませんー」
おもいっきし拗ねてんだろうが!
なにが侍だよ。あいつ馬鹿じゃね?きっと馬鹿だ。通知表の所見に"もういい歳です。もっと落ち着きを持って行動しましょう"って赤字で書かれても文句言えねぇレベルだ。 真面目を絵に描いたようなヅラもさぞかし苦笑してるだろうよ。
そう思ったのにー。
当の本人は細い背中を小刻みに揺らしている。なにがツボに入ったものか、珍しく全身で笑っているものらしい。
え?なに、これ。笑うとこなの、あれ。呆れるんじゃなく?
止まらない桂君の背中の揺れをずっと眺めているとー
なんか……おれが恥ずかしくなってきたんだけどォォォォォ!?
銀時を通して我が身の恥部を具体的に見せつけられたようで、銀八はいてもたってもいられない気分にさせられてきた。
なのに、道行きの間、何度も銀時が桂につっかかり、その度に小さな諍いが起き続ける。
言い掛かりすれすれの銀時に、桂が時に呆れ、時に同レベルで激昂しながら応戦する様はまるで、そう、"夏の蕎麦"や"夏の餅"と並んで犬も食わないと言われている"アレ"だ。 端から見ていてこんなに恥ずかしいものはない。
これで笑えるヅラすげぇわ。
編み笠まで震わせている桂君の後ろ姿を見ながら、銀八は感心しきりだ。
自分はこんなにいたたまれない思いをしているというのに。
はぁ。
溜め息一つ、銀八は
「おい、なんならおれと場所変わらねぇか?」
とうとう、銀時に声をかけた。
「目的地知らねぇだろうが」
振り向きもせず銀時が叫ぶ。
「じゃ、ヅラが桂さんと替わるか?」
ヅラじゃありませんってばー編み笠の下で口を尖らせながら、それでも桂君は「桂さんは後ろの方がいいと思いますよ」
そう返し、ご本人は全然気にしてないようですがーと言い添えた。
口には出さないが、"指名手配されてるんですから"ということだろう。
一応両方の言うことももっともなので銀八はそれきり引いたが、早く平賀先生のそっくりさんの隠れ家とやらへ着かないものかと必死で祈り続けた。


「おう、邪魔するぜ」
銀八の願いが天に通じたか、程なくして一行は無事に「からくり堂」へとたどり着いたらしく、銀時が気軽に声をかけただけで長屋ー時代劇で見るのとそっくりだーの障子をからりと開けた。 その銀時に続いて銀八が中に入ると、なるほど、平賀先生のラボによく似た雰囲気の空間が広がっている。うっかり踏みつけてしまいそうな小さな部品が転がっているのも、油臭いところもそっくりだ。
「どうした、銀の字?こちらさん方……」
それきりもう一人の平賀先生は固まった。自分のそっくりさんが目に入ったらしい。そして、固まったからくり技師の平賀源外も、銀八の目から見ても平賀先生と気味が悪いほどそっくりだった。
「こっちは平賀源外先生っていう、あんたとは縁もゆかりもない、でもなんでだかやたらそっくりなお方だ」
ついでにマッドサイエンティストでもある。
銀時がめちゃくちゃな紹介をする。
「ついでに、こちらはー」
僧衣の桂君を押し出すようにして編み笠をあげ、
「ヅラのそっくりさんだ。で、あっちのヅラの横にいる天パは……以下略だ」
略すんじゃねーよ。
てか天パ言うな。
ざっくりしすぎの紹介の後始まった、異世界だの理科の先生だのという単語がふんだんに入った銀時の現状説明を、聞いているのかいないのかわからない腑抜けのような様子だった源外が、 "瞬間移動装置"という言葉が出るにいたって俄然勢いづいた。
「なんだそりゃ、面白ぇじゃねぇか!」
「人の不幸を面白がってんじゃねぇよクソ爺ぃ!」
銀時の言い分に、銀八はこの世界に来て初めて全面的に頷いた。
源外はうはは、と笑うだけ。
「笑ってねぇで、人の話を聞けよ、こら。いいか、この事態はてめぇのせいでもあるんだからな、もう一人の爺ィと一緒になんとかしろ」
いいな!?という銀時の一方的な言い分にも動じない。
「そっちのあんた、平賀先生、あんたも手伝ってくれんだろ?なら大丈夫、大船に乗ったつもりでどーんと構えて待ってろ」
「おうさ。なにしろわしは、設計図を持ってきとるからな」
思いがけない平賀先生の返答に喜んだのは源外だけではなかった。
「でかした、爺ぃ。話がはえぇじゃねぇか。やっぱ理系の教師は違うわ。坂本が例外なんだな。あの馬鹿どの面下げて数学なんて教えてんだか」
めいっぱい褒めたつもりの銀時だったが、
「土方に持ってけって言われてな」
そうでなきゃうっかり置いてきちまうところだったーと平賀先生は臆面もなく源外そっくりに笑い出すではないか。
「「何で土方?」」
銀時と銀八の怒声じみた声が綺麗にハモったのも無理はない。
「お、すてれおだな?」
恐ろしく空気を読まない桂の嬉しげな声が、足蹴という銀時の制裁をよんだ。
痛いではないかーという桂の文句を一顧だにせず、銀時は銀八共々平賀先生に詰め寄った。
「「説明しろ!」」
今度は桂君が吹きだした。
あけすけな桂と違いかなり遠慮がちだったが、銀時・銀八を静める効果はあった。
「おめぇも知ってるだろう?近藤が『桂君が消えたって』パニクってよ、誰よりも先に土方を呼んじまったんじゃねーか。普段からなにかにつけて『トシ!トシ!』だもんな、あの子はよ」
「「で?」」
「おめぇがこっちに来るのにはわしが装置を動かせばいいが、次にわしが追いかけて行くのには生徒の誰かに装置の動かし方を教えなきゃなんねぇって話になっただろうがよ?そいで土方だなって、おめぇがそう言ったんだろうによ」
「ああ。そうだったな」
銀八は一気にテンションが下がったらしく平淡な口調で認めた。嫌々といった風だ。それを銀時が醒めた横目で睨めている。
でよ、と平賀先生は続けた。
「やっぱ担任が推薦するだけあって、土方はのみこみが速くてな。それでも数時間はかかったがな」
利発とはいえ子どもじゃ無理もねぇ。そう言ってまた笑い、
「けど、おめぇの人選は間違っちゃいなかった。あいつは気も利く。大急ぎでおめぇをおっかっける為に装置に入ろうとした時に『設計図、あるんなら念のため持ってった方がいいんじゃないですか』ってな。言われるまで気付くかなんだー
「「や、そこは気づいとけよ」」
「なにしろことは急を要する。書き物のことなんて頭っから飛んじまってたのも無理はねぇ。設計図は頭の中にもちゃーんと入ってっからよ、なおのことだ」
「「自慢!?」」
「まぁ、とにかく奴のお陰で助かったってこった」
平賀先生の絶賛に渋い顔をする二人の坂田に対し、
「なんとなくわかるな」 「なんとなくわかります」
二人の桂はそろって納得する様子を見せた。同じリズム、同じ角度で頷いているのはちょっとした見物だ。
面白くないW坂田は小さくケッと悪態を吐いたが、W桂の冷たい視線を浴びてからは黙りこんだ。

その後、出来るだけ速く、安全かつ高度なものを仕上げろ!とほとんど恫喝まがいの言葉を投げつけた銀時だったが、 平賀先生から設計図を見せられた源外の「すごい!」だの「さすがわし!」だの「天才か!」といった聞くも恥ずかしい自画自賛(?)の雄叫びを前に、今は何を言っても無駄と悟ったらしく、
「頼むぜ、おいあんた。平賀先生?」
主に平賀先生にお願いをするという戦法へとシフトチェンジした。
「おう、まかせとけ!あんたらの連絡先は、あっちのわしが知ってるんだな?」
銀時が力なく頷き、桂君と桂がが丁寧に頭を下げ、
「できれば文化祭までに戻れねぇもンかついでに考えてみてくれねぇ?」
銀八が結構な上から目線での"お願い"をした後、一行はからくり堂を後にした。外に出て歩き始めても、まだ源外の、己を(なのか?)絶賛する雄叫びがしばらくの間追いかけてきた。
「あれが、指名手配犯かよ……」
銀八がぼそりと言えば、
「なんか疲れたなぁ、おい」
銀時が呟いた。
その力ない声に、三人は深く深く頷いたのだった。

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