「道はそれぞれ 別れても」 その12


「こちらの沖田さんも本当に"そっくり"でしたね。怖いくらいだ」
相当感心したらしく、桂君は消えてしまった沖田の後ろ姿をまだ目で負っている。
「だろ?」
一足先に沖田と出会っている銀八の反応は、逆にあっさりしたものだ。
「とにかく、桂さんと鉢合わせしないですんで本当にラッキーでしたよ」とは新八の弁。
「あれ、それじゃぁひょっとして、桂さんは沖田さんの気配に気付いて出て行かれたのかもしれないですね?」
だとしたらすごいなぁ。
感嘆混じりに溜め息をつく桂君に、銀時が言った。
「別にすごかねぇよ、ヅラにーっつうか今のご時世帯刀してるような連中にとっちゃ普通」
そうでなきゃ、とっくにおっちんでら。心の中で付け加える。
「だろうなー。そういや沖田のそっくりさんもー
銀八は桂の時とは違い、こちらの沖田も呼び捨てにする。 「沖田さんがどうかしたんですか、先生?」
「入ってくんの、ちぃとばっか遅すぎだったような気がすんだよな」
桂君が肯くのを待って銀八は続けた。
「あれも、わざとだったんじゃねーの?」
多分だけどなーと付け加える。
「わざと、ですか。でも、どうしてでしょう? 嫌なことを言うようですが、桂さんを捕まえるのが沖田さんのお仕事なのに」
「さぁなぁ。おれにもわかんねーけど」
言葉を止めた銀八がわざとらしく銀時を見た。その視線を追って、桂君も銀時を見つめる。
やめろ。二人してこっち見るんじゃねーよ。なんだよ、おれになにを求めてんだよ!?
桂君と銀八、二人に目顔で問われても、銀時は何もこたえることが出来ない。せいぜいが「単に空気読んだんだろ?」なんて苦しい言い逃れをするだけ。
だってよー
あいつらも色々あってよ、ヅラと沖田は今じゃ愛憎相半ばする間柄で、本人たちは全力で否定すっだろうけど、おれが見る限り水面下じゃ昼ドラ並のどろっどろのグチャグチャっつーか?なんて、これも言えねぇだろうがぁぁぁぁ!
「ま、おれらにゃ計り知れないなにかがあんだろうな、あの二人にゃ」
銀時の裡なる叫びが聞こえた訳でもないだろうに、なぜか銀八はしたり顔だ。それが銀時の癇に障る。
「けど、沖田さんにしてはあっさりしてましたね。あんなに簡単に引かれたらかえって怖いですよ。ひょっとしたらなにか裏があるんじゃないでしょうか?」
「心配性だねぇ、新八君。 だーいじょうぶだって。あいつもあれで結構律儀だからよ、てめぇから邪魔しねぇって言い出した以上責任は取るだろうよ」
「あっさりしてたのは、多分おれらのせいだろうしな」
興味がなくなったんだろうな、ありゃ。
銀八が口を挟んだ。
「座った瞬間からちょいとばかしテンション下がってたし、ヅラ君の話を聞いてる途中、あからさまにダレてきてたしな。 本人は隠してるつもりだろーけど、おれの目は誤魔化せねぇ」
「そんなことわかるんですか!? 坂田さん、沖田さんとはほぼ初対面なのに?」
だーかーら、ウチの沖田もあれに"そっくり"なんだってーと銀八は新八に眠そうな半眼を向けた。
「授業中興味がなくなったり退屈し始めると、いかにも真剣に聞いてますってツラでしれっと頭ン中別世界に飛ばしてやがるんだよ、あいつは。 普通、それで授業内容はパァなわけだがー」
銀八は肩を竦めて続ける。
「あいつは、それでもどこかで聞いてはいるんだ。 ただ、身を入れてないってだけで。 だから成績も悪くねぇし」
「なんか、沖田さんらしいですね」
新八が訳のわからない感心の仕方をした。
「それでも、あいつを50分ー授業の間ってことだがー椅子に縛り付けておくにはそれなりの細工はいる。 一旦嫌いとなったら、簡単にボイコットするような男だからな。放っておくと出席時数が足りなくなっちまうのはあっと言う間だ」
その点、高杉と同じだな。テメェに正直すぎんだよ。
「え、なに? テメェに正直な高杉君は、授業のボイコットなんてしてんの?」
「あいつがボイコットしてんのは授業じゃなくて学校。んでもって、テメェに正直すぎる結果、高杉はただ今絶賛停学中」
銀時と新八が口の動きだけでうわぁ、と言えば、
「沖田より、色々拗らせちゃってるからな高杉は」
念押しするかのような銀八の言葉に、桂君が困ったように頭を振った。
「で、でもそんな沖田さんに有効な細工ってどんなことなんです?」
唐突に新八が話を元に戻した。どうやら桂君の様子から、話を高杉から離したほうがよいと考えてのことらしい。
「あんな生意気なクソガキーなんだろ、どうせ?ーに有効な御し方があるんなら聞いおきてぇもんだ」
それと察した銀時も後ろ押しを忘れない。
「俺も全然解らないです」
新八と銀時の小さな企てはあっさりと効いたらしく、桂君も不思議そうな視線を銀八に投げた。
「神楽だよ」
不思議そうに自分を見つめる三組の目に、銀八はめんどくさそうに、それでも話を続けた。
「神楽を沖田の席近くに配置するようにしてんだよ。そうすりゃどんな退屈な授業でも、神楽に嫌がらせをすることで沖田はどうにか五十分座ってられる」
「それって、むこうの神楽ちゃんにしたら大迷惑じゃないですか」
新八が驚くのに銀八はどこ吹く風、「神楽もお仲間だ。 沖田がいるからもつ。 所詮似たもの同士なんだよ、あいつらも」
「……なんか、目に浮かぶようです」
「だろ?複雑そうに見えてあれで意外と単細胞だな、沖田は」
コツさえ掴みゃ、意外と御しやすいタイプだ。
「基本、好きか嫌いかだけで動くしな。あとは役に立つか立たないか、とか。てめぇにとってのメリットをまず計る。で、こっからが大事なとこでな、世間一般の評価とどれほど乖離してようが、てめぇのお眼鏡にかなわないとなりゃその瞬間から華麗にスルーだ。道ばたの石ころみてぇに目もくれねぇ」
だからー、そう銀八は続けた。
「さっき、あっさり帰ってったのも、そーゆーことなんだろうな。おれらのことに、興味がねぇってこった」
「そうでしょうか?ぼくなんて、もう一人ぼくそっくりな人間がいるって知って、とてもじゃないですが興味を持たないことなんて出来ませんけどね」
新八は疑わしそうだ。
「一応、あの沖田もそれなりの興味は持ったろうさ。だからここに来たんだろうし。部屋に入ってきた時のあいつの目ときたら、好奇心むき出しだったじゃねーの」
「だからこそ不思議なんですよ。あの沖田さんが早々にこの件から降りるなんて」
「言い方が悪かったな。おれらのことに興味がねぇんじゃなくて、持ってた興味をここに来て無くしちまったってことだ」
「何故でしょう?」桂君が首を傾げている。
「なにも気にするようなことじゃねぇよ。沖田に興味を持たれていいことなんて一つもねぇ」
「だな。こっちのは向こうのと比べてもそうとうヤバそうだし」
銀時と銀八が口々に言えば、
「それは、確かに……」新八も苦笑いまじりに同意する。
「でも……」
「気にしてもしゃーねー。もうコトは決まった。沖田はおれらを切った。なにがお気に召さなかったかは解らねぇ。年上のはずの男が自分と同級生の姿で現れたことか。敵とそっくりの顔と声で仲間だなんて言われたことか。それとも、自分と同じ名前、同じ姿の男が別世界に存在してることが気に入らなかったか。そしてその男が学校生活をおくっていることかもしれんし、おれが担任であること。 近藤や土方も同級生であることの可能性もーとまぁ、いくらでも出てくらぁな、キリがねぇよ」
「それらの全部が全部 "理由"なのかもしれませんしね」
そ。
「あ、あと、それもあっかな?」
銀八は銀時の木刀に目を遣った。
「おれにゃ全く扱えねぇ。桂さんや沖田のにいたっては本身っぽいしな、もっと無理だ」
「それは俺もですが……それが……なにか?」
「んー?おれらとこっちの人たちとの決定的な違いはあれなんだろうなーってな」
「武器、ってことですか?」
「そーゆー直裁的な意味じゃなくて、象徴的なもんとして、だがな」
「すみません、仰ってることがよく解りません」
「ぼくもです」
桂君がまたしても首を傾げ、新八も頷く。
「気にしない気にしない、おれもよく解ってねぇし、てきとーに喋ってるから日本語もちらほら変だし、な?」
「なーって、ぺらっぺら喋っておいて随分いい加減な野郎だな、おい」
「おれを誰だと思ってる、現役の教師だぞ?二時間程度ならノンストップで喋れる。途中、煙草が吸えねぇのはちょいキツイがな」
銀時の突っ込みを死んだ目のままかるくいなしておいて、
「ちなみに、根拠のない話を自信たっぷりに話して、さも真実のように思わせるのも超得意だ」
どこまで本気か解らないが真顔で言い切った。
うわぁ、こいつほんとやな男だなぁ。
嫌悪感を隠そうともせずかたまる銀時に、銀八は容赦なく続ける。
「ところで、さ。さっきのあれ、何? 沖田、変なこと言ってなかったっけ、土方がどうとか、さ? あれ、なに?」
こいつ、ひょっとして、なんのかの言って色々解ってんじゃねーか!?
銀時がそう疑うほど、銀八は銀時が触れて欲しくないところをよく知っているーように思える。そして、そこに切っ先鋭く切り込んでくるーようにしか思えない。眠そうな目をしたままで。
ほんーとやな奴だな!



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