「道はそれぞれ 別れても」 その13


はぁ。
朝からこれで何度目だろう。
そぼ降る雨を眺めている銀時がため息をもらした。時折、ごく小さく悪態も吐いている。
「いい加減にするアル」
とうとう神楽にキレられる始末。
「ついさっき電話して、もうちょいだ、って言われたばかりネ」
「そうですよ。今朝から何度目の電話だと思ってるんですか? 5回ですよ、5回!」
「ばぁか、5回じゃありませんー、ろ……ンごォ!」
馬鹿正直に正確な数を答えかけた銀時は、みなまで言わせて貰えず床に沈められた。 が、神楽の蛮行にも新八は見て見ぬふりだ。それほどまでに、今朝からの銀時の所行が目に余る。
「だってよー
銀時は大人げなく口を尖らせ、
「だってよ、雨でなぁんかテンションあがんねぇし、ジャンプはとっくに読んじまったし、金がないからパチンコにも行けねぇし……」
倒れ伏したまま、ぼそぼそと言う。
「パチンコなら昨日行ったの知ってるネ。金がないのはそのせいってこともナ」
「桂君たちが大人しく家でじっとしてるのに、あんたが駄々こねてどうすんだよ」
居ても立ってもいられないはずのお二人が、だの、なんのかの行っても外に出る機会があるだけマシ、だの、あんたのせいで装置の完成が遅れたらどう責任取んだよ、だの、 いじけた後頭部に、二人がかりで容赦ない叱責のシャワーが降り注がれていく。聞いているのかいないのか、天パはもはや反論もせず、ピクリとも動かない。 業を煮やした神楽から再び渾身の一撃が繰り出されるのももはや時間の問題ーという時に、眠っているとばかり思っていた銀八がのっそりと口を開いた。
「……そういや昨日、桂さんの不気味なペットが来たっけ」
桂君の「不気味なんかじゃありません」という抗議の声は、銀時が驚いて不細工に藻掻く音で掻き消された。
「い、いつだ、それ?」
その場にどかりと座り込み、二人の方に向き直って問いただした。自分でも無様に思えるおかしな掠れ声だった。
「だーかーら、昨日だよ」
銀八はあくまで淡々とこたえる。
「昨日のいつだよ?」
「んー? 昼頃だったっけかな?」
「昼頃ってームグッ!?」
「いつまでそこでそうしてるつもりアルか? いい加減起きるネ」
銀髪頭をもう一度踏みつけ、神楽が命じた。
「ほひはふへほほひはへへぇ」
「そこ、日本語で頼むわ」
ようよう目を開けた銀八が言えば、
「起きたくても起きられねぇ、でしょ先生? 解ってらっしゃるんでしょうに、ほぼ本人なんだし」
桂君が表情一つ変えず言い放った。
「ほぼ本人ってなんだよ!」  「ほほほんひんっへはんはほ!」
間髪入れず突っこんだダブル坂田だったが、
「いやぁ、きれいにハモりましたね」
新八にまでそんなことを言われてしまった。
けっ、面白くもねぇ。
内心毒づきながらようよう身を起こした銀時が銀八を見ると、どうやらあちらも同じことを思っているらしいことが解ってしまった。
……やりづれぇ。
お互い様と知ってはいても、望んでもない相手に心の裡が筒抜けなのは何かと面倒だ。
あの、半ば閉じられたままの目が苦手だ。どんよりと濁ったままのくせに、全てお見通しだと語っている気がして視線を向けられると落ち着かない。
先日、帰り際に沖田が放った言葉について銀八に"訝しんでるアピール"をされた時、「こっちの沖田も土方をライバル視してて何かと張り合ってンだよ。それだけ」で押し切 ったが、誤魔化しきれる相手ではないことを銀時は重々知っていた。
今も、銀時が知りたいことを充分承知していて、わざとはぐらかしているのかもしれない、と銀時は疑わずにいられない。
その手にはのらねぇ!
そう思い切れればどれだけいいか。切羽詰まっている銀時は、それでも銀八に訊かずにはいられない。
「だから、昼頃ってぇのはー
「エリザベス……さんがいらしたのはお昼を少し過ぎたあたりでした。桂さんからのお手紙を携えて」
あからさまに苛立ち混じりの銀時の声に、桂君が素早く教えてくれた。しかも、"用件"まで。それこそ銀時が一番知りたかったことだ。
気が利くねぇ、誰かさんとは大違いだ。
嫌味を込めて銀八を一瞥し、視線を交えた途端、やはり、先ほどまでのはぐらかしがわざとに違いないと確信した。
やっぱり。面白がってやがんな。
そうと解ると、手紙の内容を教えて貰いたいと口に出すのはさすがに憚られてしまう。知りたいのは山々だが、あいつにこれ以上の餌を与えてやるのは剛腹だ。
さて、どうしたもんかーと銀時が思案する時間は殆ど無かった。桂君が、すぐに内容をかいつまんで教えてくれたのだ。


はぁ。
性懲りもなく銀時が盛大な溜め息をついた。どんよりした雰囲気にいたたまれなくなった神楽が「ケッ、このマダオが!」という捨て台詞残し、 新八とともに雨を押して外出してればこそだ。
溜め息くらい出るだろうよ、そりゃ。神楽にしろ新八にしろ、二言目には「桂君たちがー」っつーけど、あいつらおれなんかより全然図太いからね!ほら見ろ、現に今だってよー
ちろりと盗み見した銀八は、目を瞑って横になっている。が、眠っているわけではない。つまりは、銀八のいうところの"暇つぶし"の真っ最中なのだろう。 お気に入りの本を脳内で読み返す、とかいう……。
昨日、閉じこもっていてはさぞ退屈だろうから、と銀時が親切心から差し出したジャンプは、頁をめくられることなく返却された。というより、礼を言われると同時に、
「読ませて貰って続きが気になったら後で困っから。それ、どう見てもおれの読んでるのとは違うジャンプらしいから」
なんてもっともな理由で断られたのだ。
言わんとするところは充分理解できたので素直にジャンプを引っ込めた銀時だったが、
「心遣いは有り難てぇが、暇つぶしの方法なら心得てるよ。好きな本を脳内で読めばいいだけだ。 テスト監督なんかやらされて退屈でしゃーねー時、よくやってんだけどよ」
なんて平然と言われた時は呆れるしかなかった。
銀時もジャンプの内容ー特にお気に入りのシーンや科白などーを反芻することがあるのでなんとなく解らなくもないのだが、冒頭から末尾までを順に思い出して楽しむというのは理解の範疇を超えている。
話を一字一句覚えているのかと驚いた銀時だったが、
「好きな話は何度も読むし、基本短編が好みなんで、余裕だ」
それに、所々思い出せないところがあったらあったで、その思い出せないもどかしさを楽しむからいいのだーなんて。
そりゃ、たたの変態じゃねーか!
それでも、そう返されては納得するしかなかった。現に、今の銀八の様子を見る限り、その言葉は本当だったらしい。
目を閉じた状態でにやけたり、口をグッとへの字に曲げたりしている銀八を目の当たりにして、銀時はその思いを強くした。
そして、あちらさんも。
銀時の視線は今度は桂君に向けられた。
目蓋を閉じて座っているところをみると、師に倣ってこちらもなにやら脳内でお楽しみの最中らしい。
受験生っつってたからな、教科書を読み返してでもいるのか?いやいやいや、この子はあの莫迦教師みてぇな変態じゃねーだろ。せいぜいが授業の内容を思い出しているとかじゃねーかな。それともー?
考え始めてすぐ銀時は思い出した。
ヅラと同類ー本人の言葉を借りて表現するなら"ほぼ本人"ってか?ーなんだよな、あの子……。
なら、せいぜいが桂言うところの"もふもふ"だの肉球だのの感触を反芻してるのではないか、と気がついた。それ以上の想像は脳がキッパリ拒否したし、銀時の勘がほぼ当たっているだろう事は、 白桃の頬の僅かな緩みが教えてくれた。
どちらさんも楽しそうで結構。けど、なんだかなぁ……。
もっと、他にないわけ?なんっつーか、こう。おれなら、そうさなぁー。
銀時が二人に倣い目を閉じると、雨が音を増した。 その音の波に乗せられたゆたうように空想世界を漂い始めると現れたのはパフェ、団子、いちご牛乳、その他いろんな甘い、甘いもの。エトセトラ、エトセトラ。 ふわふわとした甘美さに酔い痴れる中で、桂が、疼くような痛みと伴に現れた。
ヅラぁ!
銀時はパチリと目を開いた。
見飽きてるはずの顔。聞き飽きているはずの声。なのに!どうしたって桂、桂、桂だ!
くっそ。あんま考えないようにしてたつもりなのに、もうこれか!
雁首揃えて源外のラボを訪れたあの日以来、銀時は桂に会っていない。 普段なら、たったの数日なんということはない。が、今は違う。銀八と桂君(ついでに平賀先生も)のことがある以上、余程の事情がない限り 桂が江戸から姿を消すはずがない、と銀時はふんでいる。 どうしても外せない予定でもあれば、今回に限ってではあるが、予め銀時に告げるだろうとも。
つまり、桂が姿を見せない原因は、この件を差し置いてでも駆けつけねばならぬ程ののっぴきならない事態に直面しているせいではないか?という不安が銀時にある。
加えて、銀八と桂君の二人が仲良く口喧嘩するのを間近に見せられる日が続けば寂しくもなる。
しかも、だ。沖田の予言通り、土方がこまめに顔を出すのも、その度に銀八がしたり顔をするのも銀時の苛々をつのらせる。
ジリジリするような思いを耐えているのに、エリザベスが携えてきた手紙の宛先が自分宛はなかったと知った落胆ときたら、それはもう!へそを曲げない方がおかしいというもの。
その内容がまた酷かった。
手紙にはー
手紙にはしばらく顔を出せないとあったそうだ。
「なんでよ?」
「万一こちらに3Zの生徒の誰かが来てしまう可能性がないとはいえないので、俺や先生方が辿り着いた辺りをしばらく見張って下さるそうです」
「あいつがぁ?」
「攘夷とは無関係なことに仲間を巻き込むわけにはいかないと」
そりゃ、そうかもしんねーけどよー。
「特に、近藤や土方、沖田の誰かが来てしまうとかなり面倒なことになるのでーとありました」
「あっちであれを使えるのは土方だけで、奴が誰かに教えるとは考えづれぇがな」
銀八も口を添えた。
「桂さんも、同じようなこと書いてらっしゃいましたよ、先生。でも、可能性が0ではないから、と」
「そ?」
「はい!」
へぇ〜、そ。
自分に気味悪いほど似た男に向けられる、これまた桂に似すぎている少年の輝くような笑顔ときたら。しかも、なんか微妙に土方(あっちの、だけど)の評価も高い気がするし。
えらい違いだよね。おれとはさ。
「それでも、俺たちが戻る時には出来る限り駆けつけてくださるそうですよ」
なぜか、銀時の方にも無辜そのものの眼差しで桂君が嬉しそうに言う。
「そりゃ、よかったな」
それに応えたのは何故か銀八で、その視線も銀時に向けられている。
「や、何言っちゃってんの?別に、あいつなんか来なくても全然困らねぇし?」
「"問うに落ちず語るに落ちる"って知ってっか? あんたがずっと苛々してっから、ウチのヅラ君が気ぃ遣ってるんじゃん」
"ウチの"という言い方には絶対含みがある!ほんとにヤな男だ!
「おれぁ雨が嫌いなんだよ。そのせいだ」
腹立ちを抑えつつはぐらかそうとしてはみたものの、
「へぇ? おれは嫌いじゃないけどな」
ぼそりと言われてしまい、どう取り繕ろっても無駄だとまたしても思い知らされてしまう。これで今日だけで何度目だ?
そうだよ、今はやけにヅラに会いてぇんだよ!てめえらのせいでな!
銀時が源外に装置の完成を急がせているのは、桂君たちを思い遣ってのことに違いない。 だが、それだけではないのもまた同じくらいに確かなこと。 何も言ってこない、訪ねてもこない桂を呼びよせようと考えているせいでもある。 「装置が出来たぞ!あいつら帰っちまうぞ!挨拶くらいしねぇの?」そう教えてやれば、桂がやってくるとほんの少し……いや、かなり期待してのことだ。
本当に装置が出来るまで来ねぇつもりかよ!一体どれだけ待たされんだよ、くそっ。
「嫌いなもんは嫌いなんだよ」
こんな気分の時に聞く雨音は寂しすぎるじゃねーか。
ほとんど睨み付けるような勢いで窓の外に目を向けた銀時に、さすがの銀八もそれ以上なにも言わなかった。
「雨、やみそうにありませんね。風邪、引かなきゃいいけど」
神楽と新八を気遣う桂君の言葉を最後に、三人は沈黙と雨音に包み込まれた。



待ちに待った知らせが万事屋に入ったのは、そんな雨の午後から数えて四日目のことだった。

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