「道はそれぞれ 別れても」 その14


え、なにこれ?
本当は盛大に叫びたいところだ。が、たまには銀時とて空気を読む。喉元まで出かかっていた声はどうにかこうにか呑みこんだ。 代わりに飛び出してしまったカエルを押しつぶしたようなくぐもった音はご愛敬。幸い、いつもなら競うように盛大に突っ込みを入れてくるであろう 新八や神楽も大人しい。なぜなら、二人とも銀時と同じような気持ちらしく、揃って不自然なまでに力を入れて口をグッと閉じているようなので。そして、 万事屋の面々だけでなく、銀八も桂君もーついでに言えばなぜか銀時がここに到着した時にはすでにいた土方もー押し黙ったままだ。

己らの成果を殊更に誇り、やたらテンションの高いW源外には無理をしてでもねぎらいの言葉をかけるべきなのだろうが、生憎銀時はそんなに器用に出来てはいないので、何も言えない。 呆れ果ててものも言えないーというのではない。何しろ悪口雑言なら数限りなく浮かぶのだから。ただ、それを口にしないだけの分別があるので、 不躾を重々承知の上で寡黙にならざるをえないというだけのこと。
ーでも、それはおれが悪いわけじゃねぇ。
銀時は思う。
だって、なんなんだよ、これ!
散々っぱら待たされた挙句、"天才が二人がかりで造り上げた渾身の作"だの"わしらでなけりゃこんなもんは造れねぇ"だの 自慢たらたら聞かされてよ、勿体付けて対面させられたのがなんでこれなんだよ!
銀時たちの目の前にあるのは、完成したばかりだという瞬間移動装置。しかも、改良タイプだ、と源外たちが揃って鼻をふくらませた代物。
しかしなー、これが改良型っつってもよーどうしてもそう思えねぇんだが。
ダラダラと続けられる源外たちの手柄話にがしがしと頭を掻こうとした銀時だったが、既に頭を掻いているもう一人の銀髪に気がついて手を下ろした。
(なぁ、おいおまえ、あれ……。)
銀時が目顔で問いかければ、
(ああ、やばいよな、ありゃ。)
銀八も目顔で返し、二人の裡なる思いは一つになった。
((おれらは、こんなもんの完成を一日千秋の思いで待ってたってぇのかよ!?))
(某猫型ロボットさんのタイムマッシーンの方がはるっかに精巧で複雑に見えるってどうよ?)
(だな。メカとして終わってんな。あ、はじまってもねぇか。)
(メカ?なに言ってんだ、おまえ。ありゃ、幼稚園児の工作だ。)
目線だけで会話が成り立つというのもどうかと互いに思いつつも、天パコンビの会話は続けられていく。
(ちょ、見ろよ、あれ!)
(言われなくても見てるよ。あれがリモートコントローラーだってよ。信じられっか?おれ、無理。)
(鉄人さんを操縦出来ちゃう正○郎君のあれみてぇだな。つくりがめっちゃ簡単!)
(ちっげーよ。某公共放送さんの番組に出てくる、おとうさんを好き勝手動かせちゃうようようなスイッチ並なんだよ。動かされる方が気を利かせて積極的に動きますってレベルだよ。)
(改良してこれってほんとなのかよ?)
(確かに前のとは違うな。前よりもっとこうー)
(こう、なんだよ?)
(色々足りてねぇ気がする。主にパーツが。)
(おいおいおい、マジでヤバイんじゃね、それ?おまえはともかく、あんなので桂君が無事にあっちに帰れるかどうか、不安だわ、おれ。)
(だよなー。)
(人ごとみたいに言ってんじゃねーよ!そもそもよくあんなのに身を預けてこっちに来たよね。莫迦なのか?)
(るせー。生徒が消えたんだ。担任がじっとしてるわけにゃいかねーだろうが。)
(なに一人前に教師面してやがる。)
(してねぇよ。普通のことだ。)
(じゃあ訊くけどよー)
「……すごいですね」
は、い?
感に堪えないといった桂君の声に、銀時の気が削がれた。
桂君の目の輝かせようから見て、今の今まで黙っていたのは源外たちの長口上に感心しながら聞き入っていたかららしい。
呆れてたんじゃねーのかよ!?やっぱすげぇな、桂小太郎って名前の奴は。想像の範疇を超えるどころかぶっ壊しやがる!
驚いたのは当然銀時だけではないようで、新八と神楽はさっきまで固く閉ざしていた口をポカンと開きっぱなしでそんな桂君を見ているし、土方は取り落としたらしい煙草を大慌てで拾い上げていた。
「こんなに簡素化できちゃうなんて、すごい技術だ」
そうくるか!?
桂君の惜しみない賞賛に爺さんたちは大喜びで、益々口が滑らかになっていく。
こりゃ、無駄な時間が長引くな。
銀時は腹を括ったが、
「なんだかよく解らないですけど、すごいのはよく解りましたから、桂君たちをはやく元の所へ帰してあげて下さいよ!」
焦れた新八がとうとう声を張り上げた。
「意味が解らねぇから説得力の欠片もねぇな」
銀八が新八の言い様に苦笑いし、
「ま、その分妙な迫力が増して必死さが伝わるけどな」
褒めているんだかけなしてるんだかわからないことを言った。
「そうネ。爺ぃどもの話は後でいくらでも新八が聞くネ。だから、銀八と桂君をはやくー
「えええ〜、ぼくだけかよ!?」
神楽の話を遮り、新八が絶叫した。
「一人がいやなら銀ちゃんもつけてやるネ」
「ぜってぇお断りだ!」
「てか、わしも帰るんだけどよ」
神楽の無茶ぶりに反発する新八と銀時に平賀先生もが加わると、たちまち喧噪のラボと化した。
銀八はこんな時でも相変わらず傍観を決め込んでいたが、
「いい加減にしねぇか!どいつもこいつも、立場わかってんのか?通報でもされたら即アウトだぞ!」
土方がいつも以上にドスを効かせた声で一喝した。 ただでさえ開きっぱなしの瞳孔を更に開き、額には青筋をクッキリ浮かべている。
「ここにいる以上貴様も同類であろうが」
音もなく開けられた障子戸の隙間から夜の冷気が忍び込むより先に、桂の涼しい声がした。決して大きな声ではなく、むしろ抑え気味のものだったが、土方の迫力に誰もが気圧され、一転して沈黙のラボと化していた狭い空間にはよく響いた。
「てか、貴様が一番五月蠅かったぞ」
笑いを含んだ目を真っ直ぐに向けられて、土方は瞬時に青筋を引っ込め慌てたように背を背けた。 こんな薄暗い宵でなければその耳が朱に染まっているのがわかったかもしれない。
「おお、間に合ったな」
編み笠を取った人物の正体を見て、源外が嬉しそうな声をあげた。
「待たせてすまなんだ。見たところ別れを言う時間はまだありそうだな」
どうやら、源外たちがダラダラと手柄話を続けていたのは、待ち時間を潰す目的もあったらしい。
そうならそうと早く言いやがれ!
「遅ぇよ。どんだけ待たされたと思ってる。いっそ来なくてもいいくれぇだ!」
ごねる銀時の声は先ほどの土方とどっこいどっこいだ。とにかく五月蠅い。が、桂はすまし顔だ。
「そんなに大声で嬉しがるな」と余裕の一言。
「何言ってくれちゃってんの?嬉しがってなんかねぇよ!こちとらてめぇの顔なんざ見飽きてんだよ!」
「嬉しがってるようにしか見えねぇけどな」
銀八が煙とともにぼそりと吐き出せば、「ですね」と桂君までもが笑顔で頷くので、銀時が桂の頭に落としかけた手刀は力をなくし、虚しく空を切った。
そんな銀時に新八と神楽は痛々しいものを見るような視線を寄越してくるし、土方はー幸か不幸か、土方は心ここにあらずといった様子で黙りだ。まだ陶然としているらしい。
腹立つ!
「ヅラにしろてめぇにしろ、なんでここにいんだよ!」
今更過ぎて難癖にしかすぎないことを言い出す銀時に源外があっさりこたえた。
「ああ、わしが呼んだんだ。だってあの日、おまえさんらみんなでわしを訪ねてきたじゃねぇか」
だから、その時のメンバー全員に装置の完成を連絡したのだ、と源外は言った。
電話する方もどうかしてっけど、おまわりが指名手配犯に電話貰ってのこのこ顔出してんじゃねぇよ。てかなんで、源外の爺ぃがヅラはともかく土方の連絡先まで把握してんだよ。犯罪者の分際で、屯所に電話したってーの?
「連絡を貰って助かった」
「そうだな、最後に別れくらいはな」
ぶつぶつと口内で文句を垂れ続ける銀時を余所に、桂と土方は和やかに話している。
くそ。おまえら敵同士だろうが!
「ここではおれたちは敵同士だがー
突然、桂が土方をちらりと見て言い出し、銀時は心を読まれたのかと驚いた。
「むこうではクラスメイトってやつらしいし、ま、その仲良くやれや。みんなともよ」
土方が言葉を継いだ。
「そうネ。ついでにその頼りなさそうな担任も仲間に入れてやるヨロシ」
「すねちゃいますもんね。あ、これは銀さんのことか」
あははーと新八と神楽が笑えば桂君もつられて笑いながら、
「はい。俺、もっと積極的にクラスのみんなと話をしてみます。卒業まで時間もあまりないですから」
約束した。
「それがいい」
「ひょっとしたら沖田とも仲良くなれるかもしれませんし」
「あいつとは無理して付き合わねぇでいいよ」
「貴様、この期に及んで何を言うか」
「土方さんに言われると、なんだか怖いですよ」
「でも、本当のことネ」
「ちょ、神楽ちゃん〜」
ああ、そゆこと。
姦しく続けられる話の途中で、遅ればせながら銀時は気付いた。 桂が登場して役者が揃ったことで、別れの儀式が既に始まっていたらしい。
和気藹々とした中に、ポツンと取り残されていた銀時は、いつもの半眼で五人を見ている銀八に声をかけた。
「もう行くんだな、いや、やっと、か」
「ああ、あれが終わったらな」
銀八は視線を銀時から思い思いに別れを惜しむ五人に戻した。
「迷惑かけちまったな」
「そんなこたぁねぇよ」
銀時は心からそう思っていた。なにかと不自由ではあったが、それなりに楽しい日々でもあったのだと。
「うちのヅラ君は、桂さんに似てたか?」
唐突すぎる質問に驚きはしたが、同い年じゃねぇってのがピンとこねぇから単純に比べらんねぇーと前置きをして、銀時は語り始めた。
「姿形はあの年頃のヅラそっくりだ。あと電波なとことか。声なんかもな。でも、やっぱヅラとは違う。ヅラは攘夷が何より大事だから、国のためとあらばおれでも躊躇無く斬るだろうしよ」
「凄絶だな」
「そーゆー間柄なんだよ、おれたちは」
その点、と銀時は続けた。
「おたくらとは全然違う。教師と教え子だろ、立ち位置からして違うしな。おめぇは最初っからあの子を護る立場じゃん。おれは護らせてなんてもらえねぇし、護れるとも思ってねぇ」
羨ましいよー珍しく本音が出たのは、やはり自分とそっくりな相手だからだろうか。
「立場なんて関係ねぇよ。んなのはこの一年限りだ。卒業しちまえば変わる」
「卒業したって恩師は恩師だろうが」
「口ではずっと『先生』と呼んでくれるだろうが、もう二、三年もすりゃおれの方が護られてても不思議じゃねぇ」
「そりゃ……また随分と情けねぇな」
「自分のこと棚に上げて言ってくれるぜ」
銀八は煙草に火を点けて嗤う。
「なんだろうな、桂さんに会ったのはそう長い時間じゃないし、話も碌にしてねぇ。あんたとだって、せいぜいが数日間のつき合いだ」
なのにーと銀八は続ける。
「なんかそう遠くない未来みてねぇなもんが見えちまった気がする。あーやだやだ。おれもいつかあんたみたいになんのかねぇ」
どーゆう意味だ。
「ま、つまりはおれはヅラ君とずっと一緒にいれそうってことでもあるんだけどな」
銀八は美味そうに煙を吐き出しながらニタリと笑った。
「そりゃもう、腐れ縁だからな」
銀時もニタリと笑った。
「なによりの餞だろ?」
「まぁな」
そこで互いに視線をひたと合わせ、どちらともなく
「じゃあな、達者でやれよ」
そう、別れを告げた。

「話はすんだか?」
土方の声に我に返った銀時と銀八が「ああ」と応えると綺麗にハモった。みながそれを笑っている内に、平賀先生が近づいてきて言った。
「さぁ、帰るぞ」
「誰からだ?おれ?ヅラ君?それともあんたか?」
銀八が問えば、
「改良型だって言ったろう?みんなまとめて送り返してやるよ」
源外がからからと笑った。
「戻りたい場所と日付、時刻までまとめて面倒見るぞ?」
マジかよ。すげぇな。見た目と全然違うじゃねーか。
驚く銀時に、銀八が更に驚くようなことを言った。
「んじゃ、帰ぇるわ。で最後にこれだけ言っておく」
「なんだ?」
「おれは消えたのがクラスの誰であれ探しに来たさ。ヅラ君以外でもな」
「え?」
「訊こうとしてたのはこういうことだったんじゃねぇの、さっき?」
ああ、そうだった。桂君の斜め上過ぎる反応に驚いて忘れてた。
「マジでか?」
重ねて訊く銀時に、
「大マジだ」
銀八が応え、
「おれは侍じゃねーえけど、教師だからな」
いつになく真剣な面持ちで言い切った。
「そか」
「そうさ。この答、ちったぁ世話になった事への礼になるかな?」
あんた、少しばかり自己評価が低すぎだからな。もっともーと銀八は桂と桂君に視線を向けて小声で付け足した。
「側にあんな無神経すれすれにまで図太いのがいるんだからしょうがねぇよ。あんたもおれも」
そう言い置いて、銀八は桂君と平賀先生の元へと歩いて行った。
その背中を追うように、銀時が後に続く。

さぁ、今度こそ別れの時だ。



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