「鳥と名と 4」


同じ村に住む者の誰一人として、おれの存在に気付いていなかった、とあの日とくじは言った。
幸か不幸か、母の家だけ少しだけ山を登った小高い所に建っていたのも理由の一つらしい。が、あの山火事の日に全てが変わった。
おれは他所の者からすれば、とても変わっていて、”特別”なのだそうだ。
だからか、母がおれを外に出さなかったのは?

「おまえの髪、雪みたいな色だろ」
「……あんたも……」
おれか?おれはまぁ、爺だからなーと、とくじは快活に笑った。

「それに、そんなに真っ白じゃねぇ。黒いのもちゃんとあらあな。それにどっちかってーと、黒い髪のが多いはずだ。 第一、おれはおまえと同じくらいの年の頃は、白い髪なんて一本も生えちゃいなかった」

たまに母が髪を切ってくれたことがあったので、自分の髪が白いことは知っていた。雪と同じ色だ。
けれど、真っ白い髪が珍しいということはまるで知らなかった。

「おまえみたいに子どものうちからそんな真っ白な髪なんて、おれは見たことなかったもんな」
「………」
「でよ、おまえを見た男たちもたいそう驚いて、村長に尋ねに行ったわけよ」
「なんて?」

むらおさなんて言葉も知らなかったけど何だか怖そうな感じがして、そいつがおれのことを何と言ったのか少し怖くなって尋ねた。

「頭が真っ白で目が赤い子供が村にいるんじゃけど、どうすればいいんでしょうか、ってな」
「赤い目?」

日の下で水鏡すら見たことのないおれは、この時初めて己の目の色が赤であることを知った。

「そう、赤だな、おまえの目は」
「で、むらおさは白い髪と赤い目をなんてったの?」
「瑞兆か凶兆か随分悩んだみたいじゃった」
「ずいちょう?きょうちょう?」
なんだろう。
なにかの名前?と訊いたおれに男は
「他のみんなにとって、おまえがいることが良いことなのか、悪いことなのかってことだ」
また笑って言った。
「で、おれがいたら悪いって?」
おそるおそる聞いてみると、とくじは首を振り、「わからんかった」と答えた。
あまりにも珍しい色の髪と目なので、よくないと言った者がたくさんいたそうだ。

とくじは、はっきりとは言わなかったが、多分、もっと酷い言葉でおれのことを言ったに違いない。顔が少し悲しそうだったから。

「でもよ、おれは良いことだって思ったんだよ」
驚くおれの顔をおかしそうに見ながら、とくじは続けた。
「知らねぇだろうがな、おれたちが向かっているのは白神神社というところだ。白い神様だ」
「白い?神様?」
「そう、神様。神様ってのはすごいんだぞ。なんでも出来なさるんだ。 でな、その神社の神様の”神”という字は、元々頭の”髪”だったかもしれんのだ。まぁ、おまえにゃ、ちょっと難しいだろうけんど」
「白い、髪?」
「ああ、だから、そこの神社では、白い神様のお使いとしてーえっと、お使いというのは神様の仕事をかわってしてくれるもののことだー白い蛇をまつっ……大事にしとるんだ」
「へび?」
おまえが腰に巻いている紐みたいな生き物だよ、ととくじは付け加えた。
なに、それ。なんか怖い。
その白い蛇はな……と、とくじは続けた。
目が赤いんだ、と。

「おれは昔その辺りで育ったんで、その神社のことを覚えていたんだよ。 おれがおまえくらいの頃、確か、おまえさんのような白い髪に赤い目の男がいたこともな。そん人は、もう大人じゃったけど、神のお使いとしてとても大事にされとった。 昔の話だから、もうずっと長いこと、あれはおれの記憶違いかと思っとった。白い髪に赤い目の人間なんて、他に見たことがなかったからな。 だが、おまえの話を聞いた時、やっぱりあの人は本当におった人なんだと思えるようになったよ。だから村長にも、その子は神様の使いかもしれん、と言ったんだ。 だがな、みんなはそんなの見たことはもちろん、聞いたこともねぇもんだから、おれの言うことは聞いてはくれねぇんだ。 けど、おれの言うことが本当なら、白い髪や赤い目の者を神様の使いとして喜んでくれるというその神社へおまえを連れて行けば、みんな丸く収まるんじゃねぇかってことになったんだ。 心配せんでも、むこうにはちゃんと話がいっとるよ。おれよりずっと若いもんがその神社があることを確かめてきたし、そこの人とおまえのことについて話をすませてきたんだ」

相変わらず口端の黒子をせわしなく上下させながら、とくじはなるべく解りやすい言葉を選んで話してくれた。

「まるくおさまる?」
「そう。みんながみんなが生きていきやすくなるってことだな。多分、おまえも神様のお使いとして、これからは大事にしてもらえるはずだし、 おまえのおっかさんもおまえをかばいながら暮らしていかなくても良い。なにより村八分にならなくてすむしな」
「むらはちぶ?」
「おまえは知らなくていいことさ」と、とくじはまた悲しそうな顔になった。

多分、とくじは善良な男だったのだろう。
時折、おれのことを見ながら悲しそうな顔もしていた。あの表情に嘘はなかったはずだ。 それに、村長の言いつけとはいえ、わざわざおれを遠い所まで連れて行ってくれたのだ(捨てに行ったわけではなかったと思いたい)。
きっと、何も知らなかったのだろう。
子どもの頃、とくじが見たという男のその後も、何もかも。全てを。

だから、とくじも憎めない。
おれは、誰を憎めばいいのかわからない。


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