「おや、それではやはりこちらが」 「はい。我々の御子様でございます」 この一年、おれはずっとわこと呼ばれていたのに、ごんぐうじはおれのことをみこ、と男に言った。 「なるほど、実に見事な……」 男はなんだか熱のこもった眼差しをおれに向け、とても嬉しそうにそう言った。 「で、ございましょうとも」 そう男に言うごんぐうじも嬉しそうだった。 久し振りに見るごんぐうじは以前と同じように真っ白な装束で、相変わらず顔一面に皺が刻まれていた。 ごんぐうじは、それきりおれには目もくれず、男の持っていた朱色の傘に収まると二人で雨の中へと消えていった。 おれが二人が去っていくのを見つめていると、社務所から慌ててねぎたちが出て来て、おれを寝所に連れ戻し、着物を脱がせるのももどかしいという風に湯に放り込まれた。 「お風邪でも召されたら大変なことになる」 「まったくだ」 「おい、乾いた布はまだか?」 以前、おれが怪我をしたときのように、いや、それ以上に慌てるねぎたちが不思議だった。 だって、今までは雨の中で遊ぶことを咎められたことなど一度もなかったのだ。 ましてや寝込むことは稀だったが、風邪を引くなどしょっちゅうで、そんな時は温かい粥を与えられてそっと寝かされるだけだったというのに。 おれは湯につけ込まれ、珍しいことに体中、頭まで洗われた。そんなこと、普段は一人でやっているのに。 なにかが奇妙だった。 「いつだ?」 「戊の日」 「後六日だな」 「……お可哀相に」 ねぎたちは何やら言い合っていたが、一人が口にしたおかわいそうという言葉に、おれはなにか尋常でないものを感じ取った。 「なんのこと?」 不安に駆られて訊くおれを驚いた顔で見つめたねぎたちは、一様に押し黙った。 おれは神社の者以外と口をきいてはいけないと言われていたが、神社の者とも滅多に口をきかなかった。 たまに、必要最低限のことをねぎたちに訊かれたとき、おれが簡単に答えるのが殆どだった。 ねぎたちの中にはおれの声を聞いたことがない者もいただろう。 だから、ねぎたちが驚いたような顔をしたのも、おれが急に話しかけたせいだろうと思った。 事実その通りだったようで、一人のねぎは「わこ、お耳が?」と呟いた。 そのねぎはおれを聾唖者だと思っていたらしかった。 だが、そんなことはおれにはどうでもいいことだった。 大事なのは、そのねぎが相変わらずおれのことを”わこ”と呼んだこと。 なんで? これも、わからない。 やはり、なにかが変だった。 おれはねぎの問いに簡単に頷き重ねて訊いたが、ねぎたちは互いに顔を見合わせるばかりで、やはりおれには何も答えてくれなかった。 重苦しい沈黙で、湯気が充満しているはずの湯殿の温度が急速に下がった気がした。 実際、その時におれが感じていたのは寒気だった。 ああ、おれは風邪を引いたんだな、とそう思い、みながおれに引かせまいと一生懸命頑張ったのにーと申し訳なくも思った。 しかし、それはおれの勘違いだった。 おれは風邪など引いてはおらず、湯から上がった後は相変わらず元気だった。 さっきの寒気はなんだったのだろうか。 なんだかとても嫌な気持ちがした。 その夜、いつもと同じ時刻に寝床に入った後もおれはずっと考え続けた。あれは一体なんのことだったんだろう? なんで、ごんぐうじはおれをみこと言ったのだろう? そしてー おかわいそうに そのごく短い言葉が、ぐるぐるとおれの頭の中を暴れ回っていた。 それはどういう意味なんだろう? おかわいそうに…… |