おかわいそうに そして あと六日、とねぎは言っていた。 なにがだろう? 訊いてもどうせ答えては貰えないと思った。 そして、訊いてはいけないとも何故か知っていた。 おれはその六日後とやらをじっと待った。 村を出てから約一年、単調なおれの生活の中に勉学というものは組み込まれていなかった。 おれは六日後という言葉の意味を、だから、正確に理解することが出来なかったのだ。 ただ、おれはそう遠くないときに、おかわいそうなのだ、とぼんやりと思っていた。 そして、不安だった。 今から思えば、あの男が来た日から丁度五日後の夜のことだったのだろう、おれは身辺が急に慌ただしくなった。 姿は見えないものの、いつもより多くの人間が立ち働いているような気配をそこここに感じ、いつもは聞こえてくることのない会話の断片が耳に入る。 豆がどうのこうのだとか、塩が足りないなどといった本来庫裡で交わされるような会話すら、なぜか頻繁に耳に入った。 やっぱり、おかしい。 おれは今日こそがその六日後なのではないかと恐れた。 おれはなんだかわからないけど、おかわいそうなのだ、と。 「どうぞ、御子様」 その日、おれの部屋に夕餉を用意したねぎは、あの日のごんぐうじと同じようにおれをみこ、とよんだ。 「みこ?」 念のため、おれはそのねぎに訊いてみた。 そのねぎは、おれが話しかけても驚いた様子は見せず、「はい。御子様、にございます」と淡々と答えた。 「わこじゃねぇの?」 「はい。これまでは和子様でいらっしゃいましたが、御子様になられたのでございます」 「いつ?」 ねぎはそれには答えず、丁寧に一礼すると下がって行ってしまった。 いつものように。 おれは、普段と同じように夕餉が置かれている場所に行き、驚いた。そこにあったのはいつもの箱膳ではなく、立派な塗りの脚付き膳だった。 しかも載せられていた飯は、今まで見たこともないくらい真っ白で艶々に輝いている。 おれの髪と同じ色。 おれは、すぐに顔も覚えていない母親から告げられた言葉を思い出した。 気を付けろ、と。 母は言ったのだった。 おれの髪や目の色と同じ色の飯には、気を付けろ、と。 これが母の言った飯に違いない。 だが、何をどうすればいいのか、おれには解らなかった。 喰わなければいいのだろうか?それとも捨てるのか?こんなに美味そうなのに。 食え、食えと急かすように腹の虫は鳴き続けたが、おれは膳の前で考え続けた。 結局、おれは夕餉には一切手をつけず、膳を下げに来たねぎにひどく驚かれた。 「御子、お身体の具合でもお悪いのですか」 「気分が悪いだけ」 嘘だった。 そうでも言わなければ、飯を食わない事への言い訳が思いつかなかったから。 おれは、結局飯を食わないことに決め、腹の虫を押さえ込んだのだ。 しばらくして、ねぎからおれの話を聞いたのだろうごんぐうじがおれの部屋にやって来た。 そんなことはこの一年の間に一度もなかったというのに。 そのことが益々おれを不安にさせた。 「御子……」 ごんぐうじのもの言いは、普段からとても丁寧で優しかった。 「御気分がすぐれないととか、どのような具合でございますかな?」 だが、その夜に限っては、それがなんだかとても怖ろしいことのように思えた。 表情もやはり穏やかだったが、怖ろしいと思いながら見るその顔は、まるで笑顔の仮面を張り付けただけの作り物のようだった。 「……もう大丈夫」 これも嘘。 さっきついた嘘がいつの間にか本当になり、おれはすっかり気分が悪くなっていたのだから。 あの白い飯のせいで。 ごんぐうじの優しい声と顔のせいで。 「また、明日の朝お目にかかります。今夜はごゆっくりお休み下さい」 ごんぐうじはおれの嘘に満足したのか、それだけを言い置くとそそくさと部屋から出て行った。 遠ざかる足音さえもがいつもとは違って聞こえ、おれは心を決めた。 ここから、出て行こう、と。 今、すぐに。 |