「鳥と名と 11」


戦場付近に身を潜め、兵が去った後に屍体にたかる人間は大まかに分けると二種類いた。
一つは、戦場が移る度に兵たちについて回り、行く先々で同じことを繰り返す連中。
そいつらの狙いはまず屍体の懐中にあるかもしれない金。 もっとも現金は殆ど手に入らなかったようだが、次に刀剣類や具足類、そして髪などだった。刀や具足は金に換えられたし、髪も同じだ。すぐに金になるものを漁る。
もう一つは、地元の百姓などの集団。
本当であれば彼らとて懐中の金なども欲しいのであろうが、戦場を巡って回るようなヤバイ連中と関わり合うのは御免だったようだ。 面倒ごとが起こるよりは、とそういう連中とあえて共存する道を選んだのだろう。彼らは主に屍体を狙った。

おれは最初、屍体など何にするのかが不思議だった。
おれにもう少し知識があれば、きっと善意から埋葬するために集めて回っているのだと勘違いしただろう。
勿論、そうではなかった。
遺体は埋められるには埋められるのだが、近くの村に埋められることになる。
そこの畑に鋤き込まれ、金のかからない肥料にされるのだった。

おれはそのどちらでもなかったが、強いて言えば前者に近かった。
定住せず、やはり戦場を巡って歩いた。
だが、端から金は狙ったりはしなかった。そんなことをして大人たちに邪魔者と見られるのは真っ平御免だったから。 それに、あの村での体験がおれに人目を避けさせてもいた。
おれは懐を探るにしても、大人たちが来る前に素早く済ませるか、彼らが欲しいままに略奪しつくし立ち去るまで、隠れて辛抱することを選んだ。
そんな時でも上手い具合にいつのものか判らない握り飯や弁当の類は、放っておかれることが多かった。 売れば金になる武器・道具類が目当ての連中が目もくれないのは当然のことかもしれない。さすがに、屍体の抱えていた飯など口に入れるのを躊躇ったせいもあるかもしれない。 なんにせよ、それはおれにとって僥倖だった。

しかし、よくよく底意地の悪い連中もいたもので、ある時、やっとの思いで探し当てた飯包みを喰っているおれを執拗に構う百姓どもに出くわした。 ついうっかり長居をして、見咎められる羽目になったのはおれの落ち度だったろう。
だが、この見てくれだ。どうせ遠巻きに見ているか、あるいは尻尾を巻いて逃げ出すのではないかと高をくくってもいた。
ところが、おれの生まれた村の百姓たちとは違ってその男どもはおれを恐れるようなことはなかった。 戦場からそう遠くない所に住まっていたので、天人を見慣れていたからなのかもしれない。 さすがのおれでも、ある種の天人と比べるとよほど”まともな”外見だからな。

「おいおい、見ろよこいつ、天人のガキかと思ったら人みてぇだぞ」
「へぇ、白い髪のガキなんてのがいるもんかいな」
「おめぇだってこいつといい勝負じゃろうが」
「おれが白いのは鬢だけじゃろうが」

そこの百姓ども何が可笑しいんだか、そんな風におれの前でけらけら笑い合った。
戦場跡にいて、これから略奪行為を働くのだという罪悪感と高揚感が彼らを普段より下卑た者たちにしていたのだろうか。
ただ、いたぶるように、からかうようにおれにちょっかいをかけてきた。

「なぁ、おめぇこんなところで握り飯喰ってうめぇんか?」
「こんなところで喰う気しねぇよな、人ならぁよ」
「平気なんは犬かカラスくれぇのもんだな」
「どこか余所で喰えや、気味悪ぃが」

そう言って、一人の百姓がおれの手から飯をはたき落とした。 それを見て、他の連中はただ笑った。

おれはその男を睨むと、地面に落ちた握り飯を拾い、また頬張った。

「こいつ…地面に落ちて血がついた飯を平気で食いやがるぞ」
「頭が変なんじゃねぇかや」
「やめぇ、そんなもんおれらの前で喰うなや!」

勝手な理屈で、またおれの手から握り飯がたたき落とされ、百姓どもは相変わらず笑い続けていた。

普段なら、おれはさっさと諦めて譲るのだが、その日は大層腹が減っていた。久し振りにありつこうとしていた飯を掻っ攫われるのはどうにも癪だった。
そこで、おれは真っ二つに折れて略奪者からさえも見捨てられ、近くに放り投げられていた刀の柄を掴むと、見よう見まねでその百姓の顔にぬっと突きつけてみた。
それでも、その百姓と仲間らしい他の百姓どもはそんなおれをただ笑っていた。
あまつさえ、手にしていた鋤や鍬を高く掲げ、おれの脳天に振り下ろそうとするような素振りを見せさえした。
ただの脅しだったのかもしれない。
質の悪い冗談だったのかも。
ひょっとしたら本気だったのかもしれない。
それもまた今となっては確かめようのないことだが、その時のおれにはそんなことを考えている余裕などあるはずもない。 うかうかとしていたら殺されるかもしれないのだ。多勢に無勢、おれは躊躇なく、目の前の百姓に斬りつけた。

無様な悲鳴を上げるその百姓の顔面から、勢いよく血が吹き出るのを見た。
その血の赤さが、他の百姓どもを怯えさせ、おれを掻き立てた。
顔面に降り注ぐ血飛沫の生暖かさが、おれを苛つかせもした。
顔を強張らせ、後ずさりを始める百姓どもをジリジリと追い詰めながら、おれは悟った。

殺られる前に殺らなければならない。

以来、それが戦場を渡り歩いて生き延びていくためのおれのセオリーとなった。

臆すことなく間合いを詰め始めたおれに百姓どもは無様に悲鳴を上げながら、一斉に逃げ出した。
誰かが「鬼だ、あいつは鬼の子に違いねぇ!」そう叫ぶ声が耳に入った。
おに。
それが今からおれの名前か。
おにの意味など知らず、おれはぼんやりとそう思った。

季節はもうすぐ秋を迎えようとしていただろうか。



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