「鳥と名と 12」


あちこちの戦場跡に鬼が出る。
鬼は子どものくせに老人のような白い髪をしているという。
目も真っ赤で、まるで血のようなんだと。

百姓に斬りつけてから後、そんな風におれの噂が野火のように広がったらしい。
多分、おれがそこらの子らと同じような態をしていれば、彼らとておれをそこまで恐れなかったのかもしれない。
噂の鬼おにと一目で知れるこの髪と目の色、時として厄介でしかなかったが、あの時はむしろおれを救ってくれた。
そんな異様な風体でなければ、おれは いずれ百姓どもから返り討ちにあっていただろことは容易に想像がつく。
行く先々で、おれを見る目がお前を知っていると語っていた。刺すような、恐れるような、忌避するような、そんな目だった。
おれはもう必要以上に大人どもを恐れる必要がなくなった。
おかげで悠々と屍体の懐を漁り、のんびりと飯を食った。
その様子がまた尾ひれをつけて広まり、おれはいっぱしの略奪者として認められる存在となっていった。

運良く刃こぼれどころか血で錆びてもいない一振りの剣を手に入れることが出来たのは丁度その頃。
おれが百姓に斬りつけた剣は元々折れていたので、 新しく手に入れたそれが初めての”ちゃんとした”剣だった。上手い具合に鞘まで近くに転がっていた。
あれ以来、武器の持つ威力を知ってしまったおれは、その刀を己の獲物とすることに何のためらいも感じなかった。
遺体が抱えている飯を横取りして食う者が、一振りの刀を奪うのに何のためらいがあろうか。無論、ない。
おれは意気揚々と剣を握りしめたが、初めて持つその重さには正直驚いた。 油断しているとついバランスを崩しそうになる。鞘から抜いて戻す、という動作だけでも難儀した。護身用どころか、下手をすると刀が邪魔で思うように 動けないかもしれない。そんな不安を感じながらも、でも、おれは刀を捨てることは選ばなかった。その初めて手にする重みが、何故かおれを安心させ、落ち着かせたので。
以来、おれは暇さえあれば鞘から抜いたり、戻したりする動作を繰り返した。
重みに慣れ、少しでも早く片手で扱えるようになるために、少しでも速く鞘から抜けるように。

おれはその剣だけを相棒として、一カ所にととまらずあちこちを流離った。
流れ流れて彷徨うついでに畑を荒らしたり、鶏を盗むくらいのことは平気でやった。
夜は寺の床下や地蔵堂などに潜り込んで眠った。
神社はなんとなく避けたが、必要に迫られれば、神社でも。

腹が減るとカエルだろうがオタマジャクシだろうが、そこらの草でも口に入れてみた。
運良く死にはしなかったが、 何日か脂汗を流しながら腹を抱えて蹲る羽目になったことも二度三度ではない。
やはり手っ取り早く、確実に糧が得られるのは戦場だった。

そうはいっても早々上手い具合に次々と戦場にたどり着けるわけもない。
目視出来る範囲に黒煙が立ち上ること自体が当然ながら稀だった。
噂。
人の流れ。
そういうものを注意深く見聞きしながら、おれは次に向かう方角を決めた。
けれど、そういうものを得るにはいつも危険も付きまとった。
街に住む住人達は、百姓ほどおれを恐れはしなかったし、場合によっては逆に腰のものを狙われる危険性もあった。
日中、どうしても人の多い所に行かねばならないような時は、息まで殺して身を潜めた。
そうやっておれは生きるための情報をおれなりに必死で集めた。

初めの頃は、さすがに会話の内容が正確に理解出来ず、とんでもない見当違いをすることもあったが、何度か失敗を重ねていく内におれは段々と知識を蓄えていった。
正に実学だ。東西南北はおろか右も左もわからなかったおれだったが、西の方で戦になりそうだという噂を聞けば、ちゃんと西に、北の方に戦火を逃れる為に打ち棄てられた家々があると小耳にはさめば 北に向かえるほどにはなっていった。
数を、少しなら理解出来るようになったのもこの頃だったろう。

「……神社が」
「白ヘビのたたりで……」

ある日、いつものように誰にも気取られないように道祖神の背に脚を抱えて座り込んで身を潜め、道行く者達の会話に聞き耳を立てていたおれが拾った言葉。

神社。
白ヘビ。

飯とは無関係な話だったが、おれはその会話に全身全霊を傾けてなるべく多くの話を聞き取ろう、頭に入れようと頑張った。

「……夏の長雨で……」
「怖ろしい……」
「………逃げられて……」
「で怒った………………襲われて……」
「……なら……仕方ねぇなぁ……」
「みんな死んだ」

みんな死んだ?
なにが?
誰が?
ひょっとしてごんぐうじが?ごんねぎが?ねぎが?
それともー
それとも?

おれはバクバクする心臓を抱えながら、旅人たちの話に聞き入った。

そこがあの白神神社とは限らない。
おれは今、自分がどこにいるかもわからないのだ。
あの神社からかなり離れた場所にいるはずではないのか?
それに…それに、あそこには二度と戻りたくない!

なのにー
会話の中に東、半日というキーワードを聞き取ったおれの足は、勝手に動き出し、おれは何かに導かれるように歩き出した。

東へ
ただ東へ


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