「鳥と名と 13」


おれはひたすら東を目ざした。
東は比較的判りやすい方角なので助かった。
アバウトに過ぎるとはいえ、がむしゃらに日の昇ってきた方向を目ざせばよいという程度のことは経験から知っていた。

それにしても、出来るだけ遠くへ行こうとしたはずのおれが、その日の糧を求めて巡り歩く内にあの神社の近くーそれでも大人の足で半日ほどの距離は開いているらしかったがーに舞い戻っていようとは 夢にも思っていなかった。
もちろん、そんな断片的な情報のみで簡単に探している場所に辿り着けるわけもなかったが、あの神社の近くを通り掛かることさえ出来れば、おれには 探し出せる自信があった。それが昼でも、むろん夜であっても。
おれは少しでも見知った風景がないかと、人目を気にしながらも一生懸命探し回った。
なぜ、そんなにも必死に探すの自分でもわからなかった。
おれは、あそこから逃げ出してきたのに。連れ戻されることをあれ程恐れていたというのに。

けれど
どれだけ足を棒にしても、白神神社は見つからなかった。
その代わり、おれは全く違うものを見つけた。
いや
おれが見つけられたのだ。

道祖神の陰から飛び出して二日ほど後、疲労と飢えから神社を探すことを殆ど諦めかけたおれの目の前に、再びあの黒煙が現れた。
神社は見つけられなかったが今日の飯は見つけられそうだ。
おれは喜び勇んでいくつもの細煙が上る方へと向かった。
生まれて初めて見た戦場跡の光景から受けたショックなど、もう感じることはなかった。
麻痺する、などと言う生易しいものではない。
そこにあるのは人の悲しい生の痕跡でも、死の雄叫びでもなく、空腹を満たしてくれる飯なのだ。
かつて捩れるような痛みと共に黄水を吐いたおれの胃は、今はもうすぐ与えられるだろう食い物を待ちあぐねて 浅ましくグゥグゥ鳴り始めた。
急げ、急げ、と。
飯だ、あそこまで行けば飯が食える、と。

おれはもう神社のことなど忘れて、まっしぐらに煙を追った。

すげぇ……。
死屍累々という言葉ほど、その時のおれが見た光景をさすためにふさわしい言葉はないだろう。
目の前にはそこここに事切れることが出来ず呻いている男たちが無数に転がっており、煙どころか数え切れないほどの火柱までが立っていた。
それらはみな、つい今しがたまでここで激戦が繰り広げられたことを雄弁に物語っていた。
つまりは、そこはまだ略奪者の手がついていない戦利品の宝庫だということだ。
さすがにまだ呻いている者の側による度胸はなかったが、一目で死んでいるとわかる者の懐には片っ端から手を入れてみると、短時間の間に僅かばかりの金子とそこそこの飯が手に入った。
おれは取りあえず手に入れた金子を胴巻きごと懐中に収めると、飯を貪った。ある程度腹がふくれると現金なもので、おれはまた神社を探しに行こうか、などと頭の片隅で悠長な事を考えはじめていた。

だからか、気付かなかったのは。
それとも、ぎゃあぎゃあと五月蠅く鳴き叫く鴉どものせいだったのか。

おれは気付かなかった。
誰かがおれを見つけたことに。
おれに気取られずにいつの間にか側に立っていたことに。
その男は、どうやらおれに向かってなにかを言っているようだった。
おに、という言葉が聞こえてきた。
おに?
ああ、おれのことを言っているーとぼんやり思った。
だが、おれは構わずに放っておいた。特に嫌なことを言われているわけではなさそうだったので。
その男の顔があまりにも穏やかだったので。

「君がそう?」

そう声を掛けられ、頭に手を置かれるまでは。


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