「鳥と名と 14」


「どんな名前がいいでしょうねぇ。うーん、難しいですねぇ」
牛や馬、鶏ならつけたとあるんですがね、と自分の名は松陽というのだ言った風変わりなその男は、おれの名前を考えながらとんでもないことを言った。

「牛や馬はともかく鶏に名前をつける奴がいるのか」
「いえ、私が勝手に」
「勝手に?」
「ええまぁ。よそさまの鶏に名前をつけてこっそり呼んでるだけです」
「あ、そ……」
「あなたはどんな名前の人を知っていますか?」
「え?」
「同じ名前はつけたくないので知っておきたいのですよ」
「えっと、ねぎ、ごんねぎ、ごんぐうじ……あと、とくじ」
やっと胸をはって答えられることを聞かれて、おれは少し気分が良くなった。
けれど男は、松陽は、それも名前ではないですね、と言ったのだ。

「名前じゃない?」
「いえ、とくじというのはお名前ですが、その他は違いますね」
「ふうん、ねぎはいっぱいいたからな」

そういえばごんぐうじは一人だけだったが、ねぎは沢山いた。
同じ名前の者がそう沢山いるのは変なのだろうと、さすがのおれにも理解出来た。

「禰宜がいっぱい、ですか?」 松陽が驚いたように訊いた。

「いっぱいいた」
「察するにあなたはどこかの神社で暮らしていたことがあるようですが……」
「うん。いた」
「だとすると、それは奇妙ですね」
「きみょう?」
「変、ということです。普通、神社に禰宜は一人だけです。あなたのいたそこは、どうやら少し変わった神社だったようですね」
「……たぶん」
自分なんかを大事にしてくれたのだ、多分変わっているのだろう、とそう答えた。
「そこで、御子だの和子だの呼ばれてたのですね?」
松陽は話を続けた。

「うん」
「で、あなたはそこから逃げてきたのですか?」
「……うん」
知らず、声が小さくなった。
「それを悪いことだと言っているのではありません」
それに気づいたらしい松陽は、立ち止まりまではしなかったが背中のおれの方を振り返り、にこりと笑ってみせた。
「むしろ、それでよかったんですよ。……そうでないと……
「そうでないと?」
「わたしはあなたに会えなかったかもしれないですからね」
よく逃げてくれました、と松陽はおれを抱えている手にグッと力を込めた。
「でも……探してた」
「はい?」
「神社、探してた」
「なぜですか?逃げてきたのでしょう?」
「みんな、死んだって……」
「誰に聞きました?」
「知らない。でも、白神神社って言ってた」
「行ってみたいですか?」
どこへと聞きかえす必要はなかった。おれは「うん」とだけ言った。
「わかりました一緒に行きましょう」
松陽は答え、
「実は、わたしは白神神社を見に来たんですよ。その途中、あなたの噂を聞きましてね。もしかしたら、とは思っていたんですが」
そう言い足した。

「もしかしたらって?」
「噂の鬼が、その神社の関係者ーその神社にいた人かもしれないと思いましてね」
「なんで」
「でも、それがあなたのような子どもだなんて、さすがに想像出来ませんでしたよ」
鬼だなんて……とんだ鬼退治もあったもんです。

松陽はおれの問いには答えず、ただ嬉しそうに笑った。

「では、あなたが鬼ではない証として、鬼退治で有名な方々のお名前を拝借しましょうか」
わたなべのつな、さかたのきんとき。それにうらべのすえたけ、うすいのさだみつ……さて、どれがいいでしょうねぇ……。

それは問いのようであって、問いではなかった。
松陽はそれらの名前だという言葉を何度も何度も繰り返し声に出し、仕舞いにうーんと一人考え込んだ。

おれは松陽の口から出た言葉のどれも名前には聞こえず、自分がそのどれかで呼ばれるようになるのだろうかと思うと、困ったような気持ちになった。
第一、長い。それまではあこ、わこ、 みこ、おに、とだけ呼ばれてきたのだ。いきなりそんな長い言葉を覚えられる自信がなかった。

先生が何に決めるかを待っていたときのあの落ち着かない気持ち、それは今でもハッキリと思い出せる。
あれは腹が空きすぎて、胃の中がひっくり返りそうなあの感じによく似ていた。

しばらくして、先生が
「こんなに可愛らしいのですから、やはり金太郎さんがいいですかね」
と言った時には、なんかさっきのと違う……ちょっと短い、とおれは少し安心したのだけれど……。
それはおれが”きんたろう”というのは、”さかたのきんとき”という奴と同じなのだと知らなかったせいだった。


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