場所は知らない。 松陽は確かにそう言っていた。 そのくせ、進むべき方角が解っているかのようになんの躊躇もなく真っ直ぐ前を見て歩き続けるのが、おれには不思議だった。 おれはそのピンと伸びた背中を見ながら少し遅れてついて行っていたが、その足取りがあまりにも迷いなく確りしたものだったのでさすがに不思議に思い、問い質した事を覚えている。 「なぁ」 「なんですか?」 松陽は振り向きもせず短く答えた。 「知らねぇんだろ、場所」 「ええ、知りません」 「じゃあ……」 おれが口ごもると、松陽は歩きながら僅かに振り返り、後に続くおれを見た。 思わず立ち止まったおれを見ると少し微笑みー何かというとこの男が微笑むことに、おれは少し前から気付いていた。 「知らないのは本当ですが、見当はつくんです」と、今度はにっこり笑って見せた。 「見当?」 「なんとなくわかる、とでも言えばいいでしょうか」 「……なんとなく……」 「そんな言葉は、まだ解りにくいかもしれませんねぇ……」 そこで松陽はようやく足を止め 「では、こういうのはどうです?私はその神社を探していたと言いましたね。 ですから、大凡の場所は調べられるだけ自分で調べていたんですよ。もちろん、あまり確かなことはわかりませんでした。 けれど、あなた……銀時から話を聞いたので、少し見つけやすくなったということなのです」 と言った。 「おれの話?」 「ええ。神社というのは大抵鎮守の森といいましてね、森ー沢山の大きな木に囲まれていることが多いのですよ。銀時は、神社に着いた時に大きな鳥居があって驚いたと言いましたね?」 おれは確かにそう言ったことを思い出し、頷いた。 松陽は自分もおれに頷いてみせ、 「神社の側に来るまでそんな大きな鳥居に気付かないというのは、その鳥居がもっと背の高い木に囲まれていたからではなかったですか?」 と尋ねた。 そうだった。 境内で遊ぶ時はいつも薄暗かった、沢山生えている木が邪魔だったからだ。 おれがそう言うと、松陽は更に話を続けた。 「人が滅多に来なかったとか。神社などは子どもらの格好の遊び場であるはずなのに、それも変ですね。 そして、あなたはそこから逃げ出してから三日ほど、誰とも会わなかった……」 おれは一々頷くことはしなかったが、松陽の言うことがどれもおれの覚えていること、おれの話したことと同じだったので黙って聞いていた。 ですからね、と言葉を切って松陽はまたニコリと笑った。 「人里から離れた、大きな森を探すこと。殆どの場合、鎮守の森は神社のために植えられた木でできた森ではありません。森のあった場所に神社を造る事の方が多いのですよ」 その理屈はおれにも解った。 建物を造ってから周りに沢山の木を植えるよりは、沢山木がある場所に建物を造る方が簡単だろう。 「神社の近くに山があったという話しをあなたはしませんでしたから、山の側ではないのでしょう。 森なんてそうそうあるものではありませんし、ましてや山の側でないのなら遠くからでもかなり目立つはずです。 南に行けばすぐ海に出てしまいますし、北は山です。 残るは西と東。そしてあなたは東を目ざしてこちらに来たわけですから、途中、戦場跡に寄り道してしまったとはいえ、おそらくこれより西には無いと判断して良いと思います。 いくらなんでもあそこに辿り着く途中に大きな森があれば、あなたも気付いたはず」 ですからーと松陽は言った 「我々が進むべきは東、です」と。 「それだけ?」 「はい、それだけ」 「東に三日くらい歩くのか?」 あの三日の間、走れるだけは走ったはずだ、とかなりゾッとしながらおれはこれから先の旅を思った。 短くて3日かよ!と。 しかも、この松陽という男、東に行く、とただそれだけなのだ! ちゃんと調べたとおれには言いながら、おれが小耳に挟んだ話と大して変わらない。 この男にあの神社が見つけられるのだろうか、と自分のことを棚上げにしておれが心配になったのは当然だったろう。 「いえいえ、まさか」 大仰に頭を振りながら、松陽は笑った。 「あなたはいくら目が利くとはいえ、夜中に、しかも初めての道を人目を避けながら走ったわけですからね、最短距離を行けばそんなにかかりませんよ」 その穏やかな物言いと言葉におれがホッとしかけた時、松陽は思いきり楽しそうな顔をして付け加えたものだ。 多分、と。 「多分なのかよ!」 呆れた。 本気で呆れた。 「ええ、多分、です。かからなければいいですね。かかって欲しくないですねぇ、3日も」 真面目な顔で言っておきながら 「3日なんて、ちょっと大変じゃないですか。ねぇ、銀時?」 どこか歌うようにして、松陽は唖然としているだろうおれの顔をじっと見ながら、頭をくしゃりと撫でてきた。 本当に、困った人だったのだ。先生は! |