下手したらこののんびりとした男のこと、3日ではすまないかもしれないーとおれは案じた。 すたすたと、それでいてどこか物見遊山でもするように長閑な歩き振りを見ながら共に歩いていると、それは次第に確信へと変わっていった。 旅人たちの噂を耳にした時は東へ半日という話だったのに、どこでどう間違ったのか、このおれが2日探し回っても見つけられなかったのだ。 それを、この男がそうそう見つけられるわけがない。 3日で見つけられれば上等、おそらくそれ以上かかる。 おれは秘かに覚悟を決めた。 元々一人でも探すつもりだった。 頼りなさ気とはいえ、一応大人の道連れ(しかもそいつは飯を持ってる、おれの分まで!)がいてくれて 心強いのは確かだ。 しかも、この男はこれからもずっとおれと一緒にいるつもりらしいのだ。 とくじと一緒だった時でもこんなに心が軽かったことはない。 今、心配なのは突然雨に降られはしないか、ということくらい。 それだって大したことじゃない。 なんていい気分だろう。 そうだ、神社を探すのに何日かかったってかまやしない。 この男、松陽と一緒なら。 おれがそんなことを思いながら歩いているのを知ってか知らずか、松陽はあくまでものんびりした口調でひっきりなしに話しかけてきた。 やれ「池がありますね。亀が甲羅干しでもしてたらいいんですが」だの、「おや、このお地蔵様のお顔はまたなんとも穏やかで可愛らしいですね」だのといった他愛もないものや、 「蜻蛉は秋津ともいうのですよ、この国は昔から秋津州とも呼ばれていたのです。面白いでしょう?蜻蛉の国ですよ」といったものまで様々に。 それらの言葉は、降りそそぐ雨が乾いた土地を潤すようにおれに染みこんだ。 例えその意味は解らずとも、滅多に人と話す機会のなかったおれには充分な恵みとなり、おれは、知らず松陽から言葉を吸収していった。 どのくらい歩いた時だったろう、松陽が突然立ち止まり 「あ、あの鳥は喉元が綺麗な赤色をしているんですよ。銀時にも見てもらいたいですねぇ」と言ったのは。 空高く飛ぶ鳥を見上げて、いかにも惜しげに言うのがなんだかおかしかった。 が、その一方で、その鳥をじーっと眺めて立ちつくす様は、もしあの鳥が側にいようものなら 捕まえてでもおれにその鳥の喉元を見せようとするのではないかという恐れを抱かせもした。 「あんた……今、あの鳥、ちょっと捕まえたいと思ったろ?」 「おや!わかりますか?」 「違う、って言わねぇの?」 半ば呆れるような気持ちでおれは聞いた。 こんな大人があんな高い空を飛んでいる鳥を捕まえたかっただなんて……。 無理に決まってるじゃねぇか! 「いえ、本当に捕まえたいなぁと思いましたよ?ちょっと銀時にあの綺麗な色を見ていただきたいなぁ、と思いましたからね」 「色を見せるためだけに捕まえるのか?」 「そうですねぇ。実際捕まえられるような鳥ではないので、その他にどうするとかは考えてなかったですねぇ」 「捕まえられねぇのわかってるのか!」 「ええ、解っていますよ。でも、空を飛んでるからじゃありません。あの鳥は用心深いのですよ。だから」 ちょっと言葉を切って 「人の姿が見えている以上、こっちに降りてくることはまずないでしょうからね」 一人で頷きながら言った。 「捕まえられねぇって知ってて、それでも捕まえてぇの?」 「はい。捕まえられないからこそ、捕まえてみたいなぁと思いますよ。捕まえられるものを捕まえても……」 それは、ただ当たり前の事じゃありませんか。 「……当たり前……」 「ええ」 捕まえられないものを捕まえたいなんて、なんて莫迦な大人だろう、と正直おれは思った。 出来ないことを望むなんてどうかしている。 出来ないことは出来ない。 それが普通じゃないのか? 「本当に綺麗なんですよ、あの色」 ほう、と残念そうに松陽は溜息をついた。 そうして、ふっと笑い(まただ、また笑った!) 「喉を見せていただいたら、もちろん空に帰して差し上げましょう、お礼を言ってからね」 さっきの続きを考えていたらしくそう言った。 「鳥に?」 「ええ」 「せっかく捕まえて食わねぇの?」 信じられない思いでおれはいっぱいになった。 せっかく捕まえた鳥を逃がすなんて。しかも礼を言うと、松陽は確かにそう言った。 鳥に、だ。 「食べちゃ駄目でしょう。綺麗なものを見せていただいたのだから、丁寧にお礼を言うべきではないですか?」 「鳥に?」 「ええ、しかも無理矢理捕まえてるのですからね、本当はお詫びーごめんなさいーも言わないと」 「鳥に?」 「はい」 「な……んで」 「人の嫌がることをしたら、やはり謝らないと」 「人じゃねぇじゃん」 「ああ、そうでしたねぇ」 いかにも初めて気がついたとでも言いたげに、松陽は真面目に驚いたような顔をした。 「いけませんねぇ、つい。小さくて弱い生き物に対して人と同じように扱う癖がついてしまったようですね」 ーこれも小太郎のせいでしょうかね。 何かを思い出したようにうふふと笑う先生の、いかにも楽しげな笑顔は今でもハッキリ思い出せる。 そして、その時に初めて聞いた”こたろう”という言葉。 それがおれと同じくらいの年のガキの名で、しかも松陽とどっこいのとんでもねぇ奴のものだということを、おれは勿論知らないでいた。 この時は、まだ。 |