捕まえられっこない鳥を捕まえて子どもに見せたがる大人。
しかも、鳥に礼を言うだの謝るだのととんでもないことを言う。 やっぱり変だ。 この男は変すぎる。 そう思いはしたものの、だからといってそれでおれが松陽を不審がるようなことはなかった。 奇妙かもしれないが、むしろそんな男だからこそおれを恐れないばかりか、一緒にいてもいいなんて思えるのではないかと安心もし、信じられもしたのだ。 が、そうはいっても名残惜しさいっぱいに空を見続けているその姿は、放っておいたらいつまでもそのまま立ちつくしていそうで、 おれを不安にもさせた。 松陽がいちいちこんな調子では、神社にたどり着くためには神頼みしかないとまで思ったほどだ。 このままじゃ、3日どころかもっともっと日がかかる。 それは、嫌だった。 このまま松陽とともにどこかに行くのだとしても、その前にちゃんと知っておきたかった。 神社 白ヘビ ………逃げられて……襲われて…みんな死んだ……… みんな死んだって?あの、おれの知っているみんな? 逃げられたというのは……ひょっとしておれのことなのか? 解らないことが多すぎた。 知りたい 知りたい どうしても知りたいんだ! おれは松陽の袖を引っ張って、無理矢理視線を鳥から引きはがした。 松陽は目を丸くして驚いていたようだったが、おれの顔を見て「そうですね。先を急ぎましょうか、銀時」と目を細めた。 それから、いくらも歩かないうちに松陽が突然足を止めた。 「そろそろお昼にしましょうか」 そうして、突然そんなことを言い出した。 「もうか?」 「後の方がいいですか?」 「食えるけど……」 今度はおれが天を仰いだ。 まだ、日は頭の上に来ちゃいないから昼にはなってないはずだし、腹も減ってない。 神社にいた頃は、決められた時刻に飯が出された。だから、大人ってのはそういうことに厳しいもんだと 思いこんでいた。 一人で彷徨っていた頃はそんな悠長なことは言ってもいられず、食える時に食えるだけ食う生活をしていたが、今は………… 「成る程、お日様を見てまだお昼ではないと、そうあなたは思っているわけですね?」 松陽にそう問われ、おれはそうだ、と短く答えた。 その答えは松陽をいたく喜ばせたらしく、松陽は嫌がるおれの頭を何度もなで回して「なんて利口な子でしょう」と繰り返した。 「昼前なのに飯食っていいのか?」 松陽の行動が面映ゆく、なんとかやめさせたくておれは適当に問うた。 松陽はおれの頭を撫でるのをやめはしなかったが、賢い、と言うのはやめてくれ、代わりに「食べられる内に食べておきましょう」とまた微笑んだ。 「食えなくなるの?」 多分、おれは松陽の言葉に怯えていたに違いない。 幾度となく体験してきた飢えの記憶が蘇り、胃のあたりに氷の塊のように冷たくのし掛かってきた。 「そういう意味ではありません、心配しなくていいですよ」 松陽はかがみ込むとニコニコするのをやめ、おれの目をじっと見た。 「この先、私と一緒にいてあなたがお腹を空かせるようなことはありませんよ、銀時」 その時の松陽の声と顔は、いつもの穏やかな微笑みをどこかに置いてきてしまったように、厳しかった。 気迫負けとでも言うのだろうか、思わずこくこくと頷き返すと、松陽もまた力強く頷いて立ち上がり、 「確かにまだ早いんですが、お腹がすいてしまいましたから」 今度は一転して悪戯っぽい顔をして見せた。 咄嗟にそれは本当ではない、と思いはしたものの、おれはそう口にすることはしなかった。 なんとはなしにではあるが、連れだって歩いている内に松陽について判ってきたことがある。 どこまでもとらえどころはないが、その一挙手一投足は何か考えあってものではないかということ。 そして、多分その考えとやらが何かを尋ねたところで、煙に巻かれるだけではないかということ。 そういったことにおれは薄々勘づき始めていたのだ。 だから、多分松陽がこんな時刻に飯を食いたいというには何か理由があるのだろうと思い直し、その提案に素直に従うことにした。 屋敷の男が持たせてくれた飯は、中々に豪勢で普段のおれなら大喜びするところだった。 が、以前空腹に耐えかねて口にしたものの、とうてい呑み込む気になれなかったおがくずみたいに口の中でぱさついて、なんの味もしないように思えた。 それでも、松陽の考えることに間違いはないのだからと飯を食う間ずっと自分を誤魔化し続けた。 それで、多分良かったのだ。 この後、確かにおれは飯どころではなくなったのだから。 先生がそう心配されていた通りに。 |