「鳥と名と 21」


おれはどうにかこうにか味のしない飯を腹におさめ終えると、松陽が立ち上がるのを黙って待った。
そして、「さぁ、行きましょう」と言うのを。

けれど、松陽は立ち上がりるかわりにおれの目をのぞき込むようにすると、ただこう言った。
いいですね?
それは問いの言葉ではあったけれど、ただ問われたわけではないことが、その松陽の様子から解った。
促したのだ。
おれの意志を
覚悟を

これから先、なにがあっても恐れてはいけません。
おれをみつめる目は確かにそう言っていた。
おれは答えることも頷くこともしなかったが、刀をグッと握りしめ、無言で立ち上がった。
そうして辺りをぐるりと見渡した。
見えたのは、でも、見覚えのないものばかりだったし、松陽の言っていた森という沢山木の生えた場所はなかった。
それでも、おれは松陽には見つけられたのだと感じた。

「いいえ、銀時。見つけたわけではありませんよ」
けれど、おれの心を読んだかのように、松陽はすぐさまそう言った。

「でも……」
納得のいかないおれに松陽は言いきかせるように、ゆっくりと繰り返した。
「見つけたわけではありません。けれどー」
「けれど?」
「私たちが向かうべき道は判りました」
きっぱりと言った。
そうして立ち上がると「この川沿いにこのままずっと進んでいけばよいでしょう。そのうち、銀時の見知った場所にたどり着きます。そうしたら 教えて下さいね」と言い、
「どうしてだと思います?」
と逆におれに訊いてきた。

「どうして……って?」
松陽の言いたいことが解らず、おれは困惑した。
そんなおれに松陽はまた悪戯っぽい笑みを見せ、
「この川沿いに行けばいいと私が気づいたのはどうしてでしょう?」 言葉を足した。

「川…」
「そう、川ですよ銀時」
川が私に教えてくれたんです。この先に森があるって。
「川が……教えた……?」

松陽は頷いて、川の方へと目を向けた。
おれはその視線を追い、川を見つめた。
松陽は神社を見つけたわけではない、と言った。
川が、教えた?
正直、さっぱりわからなかった。
でも、松陽はおれが解ると思っている。
思っているからこそ訊いたんだ。
松陽は、おれなら解ると信じている。
だから、訊いた。

それが初めて人の期待にこたえたいということだったのだろうか。
その時、おれは必死で願った。どうしても解りたいと。
そして、松陽が信じているのだから、おれにも絶対解ると信じもした。
なんとか答えを見つけようと、おれも川に教えて貰おうと、おれは川を見つめ続けた。

当然、水があり、流れていた。
少し歩いただけで向こうに渡れそうなほどの小さな川。
おれの髪みたいに曲がって流れている。
あちこちに落ち葉が積もって、水が流れるのを邪魔してるように見える。
泳ぎにくいだろうに、水の流れと逆に泳ぐ小さな魚が二、三。もちろんどれもちっとも前に進まない。
それだけ。
ただ、それだけだった。

「歩きながら考えた方がいいかもしれませんよ」
相変わらず微笑んだままの松陽が、おれにそう声を掛けたので、おれは松陽に続いて歩き始めた。
魚と同じように、水の流れとは反対の方へ。
そうして、歩きながら時々川に目をやり、ひたすら考え続けた。

川………水………落ち葉………魚

川……水……落ち葉……魚

川……水…………ああ、そうか!

「落ち葉」
神社には大きな銀杏の木があり、秋になると実や葉を落とすのをおれは知っていた。
葉を落とさない木もあったが、ほとんどの木は冬の前にすっかり葉を落としてしまう。
今は、秋だ。

小さく呟いたおれの声を確り聞き取った松陽が頷いた。
「あちこちに水の流れを堰き止めるほどの落ち葉が堆積してーたまってーいます。それだけの沢山の葉っぱがどこから来たか、ですね」
「もり……神社の……ちん、じゅの」

松陽はおれの言葉を聞くと、さっと手を伸ばしてきた。
また、撫でられる!と警戒していると、その手はそのままおれの目の前で止まった。
不思議に思いながらじっと見ていると、その手が目の前から消え、何かがおれの手首をそっと掴んだ。

「さぁ、一緒に行きましょう、銀時」
驚く間もなくそう声を掛けられ、おれは手を掴まれたままで、松陽はおれの手を掴んだまま、それからは無言で歩き続けた。

川に沿ってーと松陽が言ったように、おれたちはそのまま川の側を歩いた。
側と言っても、川はいつも真っ直ぐというわけではないし、道とは大きく離れてしまうこともあったので実はそう簡単なことではなかった。
まして、手を掴まれたままなので歩きづらくもあったが、それでも、おれは松陽に離せとは言わなかったし、松陽も離す素振りを見せなかった。

そうしてー
そうして二人歩き続け、やっとおれは見つけることができた。
見知った場所を。
ついにとくじと歩いた道に行き当たったのだ。

「もう、わかるのですね?」
掴んだ手からおれの興奮が伝わったのか、松陽が訊いた。

「わかる」
「では、連れて行って下さいな、銀時」
松陽はおれの手を離すと、また手を差し出してきた。
けれど、今度はさっきまでと違う方の手。
そうだ。
今度はおれが松陽の手を引く形で進むのだ。
おれが松陽の手を掴もうとすると、でも、松陽はそれをさせず、おれの手を握り込んできた。
「こっちの方がずっといい、そうじゃないですか?」
確かにそうだった。
松陽の掌の暖かさが、じんわりと身体中に染み渡るような気がした。

「うん」
そう答えると、急に恥ずかしくなって、おれはそのままさっさと歩き出した。
ひょっとしたら小走りだったかもしれない。

そのまま一度も松陽の方を振り返ることなく、おれは進み続けた。
ずっと、ずっと、ずっと…………

おれが松陽を連れて神社の石段に辿り着いたのはようよう昼時が迫る頃だったのに、辺りはただ薄暗かった。
おれの記憶の中そのままに。


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