「ここを上がればいいのですね?」 「うん」 「大丈夫ですからね、銀時」 「な、にが?」 「なにもかもです」 松陽がどういうつもりでおれにそんなことを言ったのかは解らなかった。 ただ、松陽が言うのだから、きっと大丈夫なのだろうとも思った。 この石段を登っても、おれも松陽も大丈夫なんだ。 おれは一歩一歩ゆっくりと石段を上がった。 石段には落ち葉がつもり、気を付けていないと足をとられそうだったし、ドキドキいう胸をなんとか落ち着かせたいからでもあった。 それでもドキドキはおさまることがなかったが、すぐ後から着いてくる松陽の気配に背を押されるようにして、なんとか登り切った。 そこにはー 見慣れた木々。 見慣れた玉砂利。踏んだ時の音まで覚えている。 見慣れた影。夕方になるともっともっとグンと伸びる。 そして、おれを出迎え、そして見送った鳥居。やっぱり大きい。 みんなそこにあった。 みんな。 みんな。 けれどー 誰もいなかった。 ねぎも、 ごんねぎも、 もちろんごんぐうじも……。 「焼けてしまったようですね。拝殿も本殿も。それに社務所も……なにもかもが」 いつの間にかおれの隣に並んでいた松陽の言う通りだった。 そこにあったはずの建物は全て消え失せ、あるのはもはや元の形を想像するのも難しい、焼けこげたそれらの残骸だけだった。 今、そこかしこから火柱が立ちのぼっていないのが不思議なほど、黒く焼け落ちている。 まだ焦げ臭い匂いがあたりに漂っているように感じるのは気のせいだけだったろうか。 「知ってんの?」 おれは思わず松陽の顔を見て訊いていた。 なんで?と訊く代わりに、知ってるのか、と。 なんでこんなになってんの? なんで誰もいねぇの? それらの答えを、何故だか松陽は知ってる気がしたから。 松陽が知っているなら、どうあっても教えて欲しかったから。 「いいえ」 返ってきたのは短い答え。 「そ」 おれも短く答えた。 悲しくはなかったし、悔しくもなかった。 ただ、不思議だった。僅かの間になにもかもが消えてしまっていることが。 ここで暮らしていた間、おれの世界の全てだったのに。 おれはまた、自分がいた場所を失ったのだ。母の家と、この神社。 自分から飛び出したとはいえ、それでもここはおれが確かにいたと言える場所の一つだったのに。 今度はなにが、おれからそれを奪ったのか。 「…銀時」 名を呼ばれ、おれはもう一度松陽を見た。 「何があったか、何故こうなったかをわたしは知りません」 けれどー 「わたしなりに想像はついています。それでよければ……」 「それでいい!」 思いがけず大きな声が出て周囲の木々を驚かせたが、 そんな声を出したことに一番驚いたのは自分だったかもしれない。 「では、話しましょう。どこか適当なところに座って」 ああ、あそこにしましょう。 勢い込むおれとは対照的に落ち着いた声で答えた松陽がその時指差したのは、あの鳥居の台石だった。 |