その日は秋祭りとあって、小さな村の人々は誰も彼もがいつもより浮き立った心持ちであった。 村一番の孝行息子と評判の百太郎とて例外ではなく、毎朝老いた母の長命を祈りに通う神社へ今日も足を向けながら、なんとはなしに己が身体が陽気な空気にまとわりつかれているような思いにとらわれていたのだった。 これは吉兆ではないか、長らく伏せっている母が回復する兆しなのではないか、と百太郎は嬉しく思いながら鳥居をくぐろうとしたのだったが………… これはそう遠くない昔の物語。 実際にあった話かどうかは今となっては解りませんが、本当にあったこととして親から子へと語り継がれてきたのですよ。 そんな風に前置きをして松陽が語った物語は、今でもハッキリと思い出せる。 百太郎は母親思いの孝行息子だった。 けど おれは……… 「いいですか、銀時。わたしが今から話すのは、ここで起こったことと起こらなかったことです。でも、どれも本当のことではないかもしれません。あくまでわたしの想像ですからね」 松陽はそう念を押した。 起こったことはともかく、起こらなかったことを話すというのがおれにはよく解らなかったが、とにかく松陽の話を聞きたくてその時は黙っていることにした。 おれが黙っているを確認すると、松陽はゆっくりと話し始めた。 「この神社の名前、白神は文字で書くと白い神様という意味になります。とくじさんの仰った通りです」 そう言うと松陽は立ち上がり、高く鳥居の上の方を指差して見せた。 「ほら、あそこに描かれているが蛇です。どうやらここでは白い蛇を神様として奉っていたのだと思います。それにしても、額束のあたりに額を上げることはよくありますが、額束に直接絵を描いているとは、ここはやはり一風変わっていますね」 おれはその松陽の言葉を聞いて、あの日、おれが頭を下げた絵はやっぱり蛇の絵だったんだなぁとぼんやりと思い出していた。 「銀時は本物の、生きている蛇を見たことがありますか?」 「ない……多分」 「そうですか。蛇はどこにでもいますから、そのうち見ることもあるでしょう」 「別に見たくねぇ」 「それはまたどうしてです?」 とくじから蛇について聞かされたときに怖い、と感じたことは言いたくなかった。 けれど、薄気味悪いとか、気持ち悪いとかいうもっとマイルドな言葉がその頃のおれにはまだ無かったので、なんとはなしに嫌な感じがするからだ、というようなことをもごもごと言ったように思う。 「そうですか?見れば案外可愛らしいんですよ。目なんかこうクリクリッとして……」 「あー、そー、かわいいんだぁ、へび」 「はい、それはもう」 思いっきりやる気のない声を出したのに、松陽ときたらガキみたいな顔で嬉し気に頷くものだから、おれはそれ以上何も言えないでいた。 ひとしきり蛇の可愛らしさについて松陽の話を聞かされた気がするが、それらはみんなおれの頭を素通りしていった。 ある程度語ると満足したのか、松陽はおもむろに続きを話し始めた。 「白い蛇はとても数が少ないんですよ。蛇だけではありませんが」 「なんで?」 「さぁ、どうしてでしょうねぇ」 「知らねぇの?」 「はい」 「大人でも知らねぇことっていっぱいあんだ」 「そりゃあもう、たくさんありますよ、知らないことは。知らないことばっかりですよ」 だから、楽しいんじゃないですか、と松陽はいつものように微笑んだ。 「でも、白いと生きていけないからではないか、と言われていることは知っています」 「なんで?」 「目立ちますから。白い色って」 「目立つ?」 「敵に見つかりやすいということです。蛇を食べて生きている鳥や、動物は沢山います」 「それってつまり……見つかりやすいから、すぐに食われちまうってこと?」 「はい、そういうことです」 松陽はそう言うと、銀時は察しがいいですねぇ、とまたおれの頭を撫で始めた。 そうして「こんなにきれいな色なのに、それが命取りにもなるのですね」と呟いた。 その声がいつもの松陽の声とはほど遠い、低く小さなものだったので、おれは何故だか松陽の手を振り払おうとするのを止めて、じっとしていることに決めた。 |