「では、まず起こったことからお話ししましょうね」 蛇の話はどこへやら、急に話を変えた松陽はおれの顔を見てまた微笑んだ。 それは”大丈夫ですよ銀時”という意味なのだと、おれはもうすっかり解るようになっていた。 「あなたがこの神社に来た年、そしてあなたがこの神社から出て行った年、どちらも夏頃に妙なお天気が続きましたね」 松陽は問いかける風でもなく、そう続けた。 松陽はおれがこの神社を出て行ったと言ったのだ。”逃げた”とは言わずに。おれはそれがなんだかとても嬉しかったのを覚えている。 「お天道様に出て欲しい。雨が降って欲しい。人は自分の都合でそう願いますが、思い通りにはいかないものです」 確かにそうだ。 思うようにお日様が拝めたり、雨が降ったりしてくれれば、おれはどれだけ助かったことだろう。 変なものを食って腹を抱えて転げ回っていた時、どれほどお日様の温もりが欲しかったか。 喉が渇いて水が飲みたくてたまらないのに、池も川も見つけられなかった時、雨が降らないかと何度空を見上げたことか。 なのに、そういうおれの願いは大抵の場合叶うことはなかったのだった。 「でも、この夏は、ずっと降っている雨をやませたいと、お天道様が出て欲しいと、誰か沢山の大人たちが思っていたようですよ」 「家がねぇの?」 「はい?」 「そいつら、家がないから雨がいやだったのか?」 雨に降られていやななことといえば、寝る場所を見つけることが大変だという理由が思い浮かんだ。 都合よく橋や寺が見つかれば、なんとか雨に濡れないで横になることは出来たけれど、そういうものが全く見つからない時は座る場所を見つけるだけでも大変だったのだ。 「さぁ、どうでしょう……雨で困っていたのはその通りだと思いますよ。だから、やんで欲しかったのでしょうね」 家がないからーというのは全然違うのだ、とその松陽の言い方はおれにそう告げていた。 松陽はそういう人だった。 「そいつら、莫迦なのか?」 「今、なんて言いました?」 「莫迦なの、そいつら?雨なんてやんで欲しいからってやむわけねぇのに」 松陽が言ったように、お天気なんて思い通りにはいかねぇ。おれだって知ってる。 なのに大人たちが、それも沢山、やんで欲しいと思うなんて、おかしい、とおれは思ったのだ。 「おやおや、そういう言葉も使えるのですね、銀時は。これは困りました」 ちっとも困ってるような風でもなく、松陽は口の両端をあげた。 しかもその目が確かに笑っていたのをおれは見た気がする。 「銀時の言う通りですね。でも、それでもそう思わずにいられないのが人間です。多分ですが、雨で大事な物がなくなりそうだったり、壊れそうだったりしたのだと思いますよ」 「大事な物?」 「なくなったり壊れたりしたら困る物です」 「あー、そ」 そんな言葉遊びのような馬鹿馬鹿しい遣り取りをしながら、それでも、おれは気付いてた。 その話をしながら松陽がどことなく困ったような悲しいような顔になっていた事。 「山とか、田や畑、橋など、雨が沢山降ると困る物はいくつもあります」 橋はともかく、雨で山がなくなったり壊れたりするのはおかしいだろう、とおれは松陽に言った。 山はあんなにでかいのに。 松陽も、山が無くなることはないと言った。 けれど、壊れることはあるのだーとも言い、ガキのおれを驚かせた。 「山が?」 「ええ、意外と簡単に壊れるというか、崩れるんですよ」 全く信じられない話だったが、松陽がそう言うんならそういうこともあるんだろう、とおれは一応納得した。 「もっとも、ここ暫くの間山崩れがあったと言うような話はとんと聞きませんからね、多分、橋だったのでしょう。 雨で川の水が増えると、橋が流されてしまうことがあります。そうなると、その橋を毎日渡っている人達は難儀しますからね。だから雨が止むようにと思い詰めー」 「その人達はあなたにその願いを叶えて貰いたかったのですよ、銀時」 な、んで? その時ばかりは、松陽の言うことがおれにはさっぱり解らなかった。 |