「あなたのお母様は優しくて、強くて、そして賢い方なのだと私は思うのですよ、銀時」 あの時、先生はまた急に話を変えると空を見上げた。 そんなところにはなにもありはしなかっただろうに。 ただ、神社を覆う木々が、おれ達をもまた覆っているだけだったろうに…。 おれは、素直におふくろーと声に出せず、松陽とは逆に視線を落とした。 そうしてはじめて、己の抱える刀の鍔に模様がついていることに気がついた。 浮き彫りの鳥。三羽並んで。 あれは千鳥ででもあっただったろうか。 鍔はしばらくしておれの手に合う小ぶりなものに変えられたが、今思えばあの鳥たちが一番好きだったかもしれない。 思いがけないところで翼を広げていた鳥たちに気をとられながらも、おれはこう思っていた。 おふくろは、おれをだれかに見られたくなかった。 それはー おれみたいなのが自分の子どもだと知られたくなかったので。 それが怖かったので。 だからー 隠した。 おれが長い間煤けた天井だけ見つめていたのも、 夜にしか外に出してもらえなかったのも、 みんな みんな おふくろが おれを ………………だったから………… 「お母様は色んな事をご存じだったのでしょう。村のお百姓さん達よりもずっと」 そんなおれにお構いなしに、松陽は松陽で視線をあげたまま言葉を継ぐ。 「あなたの考えていることは間違っていると思いますよ、多分。 もちろん、私はあなたのお母様を存じー知っているわけではありませんから、多分、としか言えませんけど」 松陽はそんな風に言いながらもこう続けた。 「あなたはお母様から嫌われていたわけじゃないと私は思います、銀時」 それはー 本当なのか? 「だからこそ、あなたを隠した。誰にも見つからないように。見つかったらあなたを取られてしまうかもしれないから……」 取られる? おれが? 誰に? 「おれなんかを欲しい奴がいたってぇのか?」 「いたじゃありませんか?」 そうだ。そうだった。 だから、おれはここに連れてこられたのだった。 「もしくは………」 結局、先生はその先を続ける事はしなかった。 だが、今のおれには解る。その続きは、こうだ。 もしくは……殺される……… ガキの時分のおれだって、松陽が言わないことは聞かない方がいいくらいの事は心得ていた。 どうせ碌でもねぇ事だ、と。 だからおれは松陽にその先を促す事もせず、松陽がまた何か話し始めるのを大人しく待っていた気がするのだ。 「大事な子を誰かに取られたくはないですからね。わたしだって嫌ですよ、あなたを誰かに取られてしまうのは」 それがたとえ神様であっても、と松陽はそこでやっと空を見るのをやめ、かわりにおれの顔を見つめてニコッと笑った。 黄昏時に、その笑顔だけはやけに明るくて、おれに居心地の悪い安堵感を与えた。 |