「本当に莫迦な話があったものです」 まだかすかな笑みを浮かべながら、それでもどこか厳しい口調で松陽は2度目の「莫迦」と言う言葉を口に出した。 松陽がそんなに言うのだからと、またおれは思った。 本当に莫迦な話なのだろうとー その時はただ単純にそう思ったのだった。 けれどー 「ここにいた人達は、みな神社の真似事をしていたのです」 「まねごと?」 「ふり、といいますか……」 「ふり?」 「うーん、銀時に解るように話すのは難しいですね」 「悪ぃ」 「いえいえ、全然悪くはないのですよ。どう言えばあなたに解ってもらえるか考えるのも、また、楽しいことですからね」 そう言う松陽は本当に楽しそうで、何が楽しいのかなんてちっとも解らないくせに、おれも少しばかりは楽しいような心持ちがした。 松陽の言葉が解らなくても、松陽は相変わらずおれがちっとも嫌じゃないのだということが解ったので。 その時の気持ちに今、名前をつけるとしたら、安心か、安堵か。 そうやって一つ一つ、松陽は知識や言葉だけでなく、おれに新しい気持ちをも植え付けていったのだ。 そのお陰で、今度はちゃんと松陽の言っていることが解るだろうかと、おれはどこか待ち遠しい様な心持ちで松陽の言葉を待っていた。 やがて。 松陽はそうですねぇ……と呟きながら僅かに小首を傾げ、 「銀時は、こんなに可愛らしいのに鬼と間違えられてしまったでしょう?」 と言った。 おれは答えることも、頷くこともせず、松陽の次の言葉を待った。 それも、問いのようであって、問いではないということが解っていたので。 「あなたは自分で鬼だなんて名乗ってー誰にも言ってないのに。でも、ここは……」 「神社じゃねぇのに、自分で神社って言っちまったのか?」 おれと、逆なんだ。 「そういうことですね。そして、その嘘を本当にするために、神社にあるはずのものをいっぱい集めたりつくったりしたのでしょう。 だから、この大きな鳥居も、はじめはこんなに大きく立派なものではなかったかもしれませんね。だんだん本物の神社と思われるようになってきてから新しく造ったものかもしれません」 それが本当なら、とても変な話だ、とおれは思った。 どうして、ここが神社のふりとやらをしなければならなかったのかがただ不思議だった。 「そう、変な話なのです」 また、おれの心の裡を読んだらしい松陽は、短くそれだけを言うと、やおら立ち上がり、ぐるりと辺りを見回した。 「さぁ、これ以上長くここにいると暗くなる前に戻れなくなりそうですので、歩きながらお話することにしましょうね」 まだ夕闇が迫るには早かったが、元来た道を戻るのならもう歩き始めた方がよい頃合いだと見て取ったのだろう、松陽はそう言った。 そして すっと目の前に、差し出された手。 もうすっかり当たり前のように。 再びためらうことなくその手を取ると、松陽が力を込めて握りしめてきた。 ああ。 大丈夫だ。 何を聞かされても、おれはもう。 その思いを込めて、おれも力いっぱいその手を握りかえした。 松陽と手を繋いだまま歩き始めたおれは、それでももう一度振り返って白神神社を見た。 ここに神様なんていやしないとわかっても。 ここが神社なんかじゃないと知っても。 それでも。ここは確かにおれのいた場所だったから。 おれに人としての暮らしを与えてくれた場所だったから。 だから、これが最後と思い定めて、軽く鳥居に頭を下げた。 その後、おれは二度とその場所に足を向けたことはない。 また一つ、別れを告げたものが増えた。それだけのこと。 ゆっくりとそこから遠ざかりながら、今度こそ、松陽は肝心なことを話し始めた。 それは百太郎というおれの知らない男の話から始まった。 |