「あそこがいつ、創建されーつくられてー、白神神社と名乗り始めたのかは私には解りません。ただ、そう昔の話ではないと思います」 松陽はそう話を続けた。 なんで、とおれは訊かなかったが、 「それなりに歴史があるー古いーものならば、元がにせものとはいえ信じている方がおられた以上、 なんらかの書物には言及されているー名前が書かれているはずですが、あいにくそんな書物に出会ったことがありませんので」と言った。 「しょも……本をみんな読んだのか!?」 「ああ、いえそういうことではないのですよ銀時」 おれの言いたいことが解ったらしい松陽は、なんどりとした口調で言った。 「この国にある全ての神社ー神社みんなーのことが書かれた本があるのです。わたしはただそれを読んだことがあるだけなのですよ。決してー」 そこでまたにっこりと笑い 「この世の全ての書物を読んでしまったわけではありません。読んだことのない本は、 まだまだ沢山あります。嬉しいことに」 「覚えてんのか?本にあることみんな?」 「覚えているものもありますし、覚えていないものもあると思いますよ」 「じゃ、なんで読んだことないってわかるんだ?」 「面白いと思ったことだけは必ず覚えていますから、もし白神神社について書かれたものを読んだことがあれば覚えています。 だって、本当なら面白いじゃないですか、”白い髪”と”白い神”を結びつけた神社があるなんて」でもーと言葉を継ぎ、 「嘘だったらなんとでも言えるので、面白くもないわけですが」 いかにも残念そうに付け加えた。 「じゃ、おれみたいな髪や目をした奴がいるってことも、面白いから覚えてたのか?」 がっかりしながら訊いた。 嫌だと思われるよりはずっといい。けれどー。 「んー、そうですねぇ……面白いというよりは……」 小首を傾げながら少し考え、あのとき、先生はこう続けた。 「そんな綺麗な髪と目をした人に会ってみたいなぁと思いました」と。 そして「あなたの髪と目は本当に綺麗ですね銀時」穏やかな眼差しで言い、 「もっとも、あなたがそんな綺麗な髪や目の色でなくても、わたしはやはりあなたのことを好きになったでしょうけどね」 笑顔が更に大きくなってにっこにこになった。 先生が前にもおれの髪に対して使った”綺麗”という言葉の真の意味をガキのおれはまだ解ってなかったはずだ。 それでも、あの時、おれはそれを聞いて、本当に本当に嬉しかったんだ。 目の方はともかく、どうやらおれのこの髪がとりわけお気に入りらしい、どっかの天然真面目莫迦にも聞かせてやりてぇくれぇだわ。 その後ー 先生は、おれの髪をひとしきり撫でくり回し 「とくじさんが子どもの頃、あの神社で白い髪に赤い目の人をご覧になったという頃よりは前だったでしょうけれど」 急に真顔に戻ってそんなことを言った。 「その頃には神社という嘘が本物になっていたみたいですからね」 「なんでみんな嘘に気づかなかったんだ?」 「神社だと嘘をつき始めた頃にはそうと気づいてた方は沢山おられたはずですが、みんなお亡くなりになったー死んでしまわれたーことでしょう。人の命は短いですから」 燃やしたり壊したりしない限り建物は長い間残る。 人っ子一人見ない捨てられた村であっても、人家らしきもの、かつて人家だったらしいものは残っているのをこの目で見てきた。 なかには朽ちかけていたものもあったけれどー。 だから、あんなりっぱな鳥居なら、 きっとそんな家々よりずっと長い間、ちゃんと二本の脚で立ち続けているだろう。 実際にその通りなのを、松陽と一緒に見届けてきたばかりだ。 「それにね、銀時」 真顔のまま松陽は続けた。 覚えておおきなさい、と。 「ほとんどの嘘にはちゃんと種があるものなのですよ。ちいさな種でも嘘をいっぱいくっつけると、なぜだかもっともらしいー本物みたいなー嘘が出来てしまうんです」 「嘘の、種……」 はい、と松陽は頷き 「どんなに嘘をつくのが上手な人でも、なにもないところから作ることは出来ないのですよ。本ものみたいな嘘は特にそうです」 種がいるのですーそう繰り返した。 「あなたはしっかり覚えていると思いますが、特に白い蛇は数が少ないので、本ものの神社でも神様やそのお使いとしているところはあるのですよ」 おれはとくじと松陽から聞いた話を思い出した。 白い蛇の神様を大切にする神社だから、白い神様の神社。神様の”神”と白い(松陽はおれの髪は白ではなくて銀だと言ったが)髪の”髪”、か。 口に出したわけではないのに、松陽は大きく頷き 「その通りですよ銀時。ちゃんと種があったでしょう?」 なぜかしたり顔で言うのがおかしかった。 「白い神の神社の誰かが、銀色の髪の人と出会ってしまったか。それとも銀の髪の人に出会った誰かが、白い神の神社のことを思い出したかしたのでしょうか。いずれにせよ不幸なことです」 静かに言った松陽だったが、 「あんな大それたことをしでかすなど!」 うって変わって 驚くような強い言い方をした。 その強さはおれのためだ、とガキのおれはちゃんと知っていた。 ーそんな気がする。 |