「ニルアドミラリの喪失」4


「なんでそういうことさらっと言えんの?」

「気に入らぬことを言われるのが嫌なら、初めから何も訊かぬがよい」

「…それ、本気?おめぇはおれには用がねぇの?」

「むろん、本気だ。攘夷を捨てた貴様に用はない」

「…じゃあ、じゃあよ、おめぇはなんでここにこうしている訳?」

「どうせ貴様が怒り狂っておると思ってな。おれがなんとかおさめてやるしかあるまい」

桂は呆れた、とばかりに銀時の方を振り返った。
貴様はそんなことも解らないのか、と。

「あのなぁ、ヅラ…」
今度は銀時が呆れたような声を出す。

「だからな、おめぇの言うのが本当なら、おれなんて、放っておけるんじゃね?」

「は?」

「白夜叉じゃなきゃいらねぇってのに、おめぇ、おれが怒り狂ってるだろうからって心配して来たんだろ?それはなんで? 自慢できる話じゃねぇけど、おれ、怒ると何しでかすかわかんねぇのに。おめぇにひでぇことしてきたのに。 今だって、今までだって。それを解ってて、なんでそうまでしておれが怒ってるのなんとかしてやろうとか思うわけ?」

あまりにも思いがけないことを言われたとでもいうように、桂が大きく目を見開いたことに気付き、 銀時はヤレヤレとばかりに頭を掻きながらたたみ掛ける。

「おめぇのその変な義務感みてぇなのはどっからきてんの?おめぇは聖人君子様?それともただのドMなんですかぁ!」

「んな訳あるか!」

「まだ攘夷やってるあいつのほうがおめぇにとっては〜〜〜かもしれねぇけど………」

「なんだ、その〜〜〜というのは!大の男が言葉を濁すな気色の悪い」

「だからって、もし、あいつが〜〜〜〜でも、おめぇは〜〜〜〜〜だとおれは思ってるし…」

「〜〜〜では解らん。ハッキリ言え、ハッキリ」

「…言いたくねぇ」

「貴様…」


だからーと銀時が桂にそっと耳打ちをしてやると、その細い肩がピクリと動き、銀時は瞬時に身の危険を感じるとともに、 自分の希望的観測に基づく推測がまんざら的外れでもなかったことに深く満足した。

でも。

「てっ!ちょ、なにすんだよ!」

「一刀両断、斬って捨てられたいか、貴様!」

「肘鉄喰らわせておいて、この上まだ斬る気満々ですか。そーですか。うぉっ!ぃってっ!」

身体をくの字に折り曲げて痛みを逃しながら、それでも、まだ嬉しげな様子が伝わってしまったのか、もう一度制裁を受ける羽目になった。
しかも結構本気の馬鹿力で。
このままだと本当に斬られかねない。

「例えだ、例え!でも…だろ?」

「当然だ」

「…だったら、おれなんか、なおさら捨てておけるだろうが。なのに、なんでそうしねぇ?」

「ふむ…。そう言われてみれば、どうしておれは貴様の心配などしてるのだろう?なぁ、銀時」

桂はやっとの思いでその身を起こし、銀時を真っ直ぐに見ながらあっけらかんと言い放った。

「知らねぇよ!そんなのはてめぇの頭で考えろや、この莫迦ヅラ!」

そう言うなり銀時はポカリと桂の頭を殴った。
そのくせ、笑っているのだか泣いているのだか判らない顔をしている。

「莫迦じゃない、ヅラでもない、桂だ」

桂はどこか憮然としてそう答えた。




夜明け前の歌舞伎町を、桂は裏道を選びながら歩いている。

けれど、こんな時刻になってようやく家路を辿るという人種は少なからずいても、周囲に気を配れるほど余裕のありそうな者は限られていそうだ。
酩酊していたり、睡眠不足で目を擦り擦り、一刻も早く床に入りたいとそれだけを考えて歩いているーというより足を運んでいるー者が ほとんどで。
なのに人目を避けようとしてしまうのは、余計なことに気を散らさずに銀時に与えられた謎に己なりの答えを見つけたいが為なのだろう。


銀時には明け方が近い、と引き留められたが、それが口実なのはお互い承知の上。
おそらく、銀時は桂にゆっくりと考える余裕を 与えようとしたのだ。
二人でじっくりこたえを見つけていけばいい、と。その気持ちには感謝するが、でも、桂は自分だけで納得のいくこたえを見つけたいと思った。
銀時との問答の中で それらしいものが見つかったとしても、後々、万一にもそのこたえを疑うような可能性を残しておきたくなかったので。
自分で考え、自分で辿り着き、自分で手に入れたこたえなら、仮にとんでもなく拗くれて真実とはかけ離れていたものであっても…得心がいく。


銀時に指摘されるまで気付かなかった己の矛盾。
攘夷に生きる己が求めたのは確かに白夜叉だったはずで。
けれど、銀時は、もはやかつての白夜叉ではない。
それを知って、なお万事屋を訪なうことを止めないのは何故だったか?
なぜ、その怒りを静めてやらねばならぬと思い込んでいたのだろう、と。
一応の答えはあっさりと導き出された。
相手が銀時だからだ。

銀時はぶっきらぼうで、好意を好意としてきちんと示すことの出来ない不器用な男ではあるが、その実、情は深い。
だから。
一度は________________________の桂でも、再び繋がりが出来てしまえば、もう知らぬ顔は出来なくなる。
無関心ではいられなくなるのだ。
多分、自分の前では名を出すことすら厭う高杉であっても、と、桂はそう信じている。

だから。
きっと、再会後は日々、桂のことを心配し続けている。
桂は、それを心のどこかで知っていたからこそ、万事屋を訪ない続けた。
無事でいることを知らせるため、 銀時の不安を一時的にでも解消してやる為に。
それは、 銀時に無理矢理己の存在を繋ぎ直してしまった桂の果たすべき義務だと思い。

そうして、その思いの延長線上に、”自分というものが銀時に与えた不安が最高潮に達し怒りに転じたのであるから、それを沈めるのは当然己の責務である” という理があったらしい。


己のまいた種は己で刈る。
それは道理だ、と桂は思う。
そう考えるとそこに矛盾は、ない。ように思える。
が、その実そうではない。

なぜ、もはや必要としていないはずの人間の感情を慮ってやらねばならぬのか、というのはそれとは別問題であり、根本的な問でもある。

桂のことを心配しようが、怒っていようが、それはあくまで銀時の勝手であって、桂のせいではない。
だから。うっちゃっておいて良い、はずなのだ。
心配をかけた、かけているだろう、などといちいち胸を痛める必要もない。

なのに。

どうしてああまでして、ああまでされて、銀時の怒りを静めてやらねばならぬ気になるのか?

突き詰めて考えていくと確かに自分でも不思議になる。


おれはいつからそう信じ込んでいたのだろう。
銀時は意外と心配性だから、なるべく心配をかけないようにしなければ、と。
奴は心配を通り越すと怒り狂って手に負えなくなるから、と。
手に負えなくなった銀時を静められるのはおれしかいない、とまで。


なぜだ?


妙な義務感だけでことできゃしねぇんだよ、てめぇは。

訪なったとき同様、窓から出ようとした際に銀時にかけられた言葉。

そこになにかひっかかるものを感じながら、その正体がしかと解らない己に対して、桂は一人焦れていた。



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